ヨーロッパ

アンネ・フランクの家(オランダ)

(09年10月 1日)

◆広報部主任 アンヌマリー・ベッカー

 アンネリーズ・マリー・フランクは1929年6月、ドイツ・フランクフルトで、ユダヤ系ドイツ人オットー・フランクの次女として生まれた。1933年にナチスのユダヤ人差別が始まると一家はオランダへ移った。だがドイツ軍は40年にオランダを占領。ユダヤ人に対し、会社経営を禁じたり、黄色い星型の装着を義務付けたりした。

 当館は、ドイツ軍の目を恐れたフランク一家ら8人が1942年7月から約2年間生活した隠れ家だ。オットーが経営していた会社の奥にあり、入り口は回転式本棚で隠されている。アンネは13歳の誕生日に両親から贈られた日記帳に、隠れ家生活の重圧や恐怖の中で感じたことを書いた。1944年夏、ナチスは8人を逮捕し、強制収容所へ移送。アンネは姉とともに翌年3月、チフスで亡くなった。

 ただ一人生き残ったオットーが、取り壊されそうだった隠れ家の保存運動を進め、世論の後押しやアムステルダム市長の募金活動により保存が決定。1960年に記念館として開館した。

 建物は戦時の面影を保ち、アンネの日記の実物やアンネが部屋にはっていた写真、アンネと姉の成長の印が残る。日記は今年7月末、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記録遺産に登録された。来館者はアンネの人生を通して反ユダヤ主義や人種差別の危険性、自由、平等、民主主義の重要性を考えるだろう。

住所 Prinsengracht 267 Amsterdam The Netherlands
電話 +31(0)20−5567100
ホームページ  http://www.annefrank.org/
休館日 ヨム・キプル(ユダヤ教の祝日で、今年は9月28日)
入館料 大人8.5ユーロ(約1120円)、10〜17歳4.00ユーロ、0〜9歳無料

(2009年9月7日朝刊掲載)

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アンネの日記帳を見学する子どもたち。アンネはまず「あなたに秘密を全部打ち明けたいわ。私の支えになってね」と記した((C) AFS Amsterdam NL)


アンネリーズ・マリー・フランク((C) AFS Amsterdam NL/ AFF Bazel CH)


隠れ家のアンネの部屋。同世代の少女たちのように、アンネは雑誌の切り抜きやポストカードを壁にはっていた((C) AFS Amsterdam NL)


隠れ家への入口。回転式本棚で隠されている((C) AFS Amsterdam NL)


アンネ・フランクの家の外観。建物の正面は戦時の面影を伝えるよう修復されている((C) AFS Amsterdam NL)