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'13/12/1

地域貢献「蟻集財団」が解散



 府中市上下町で明治時代、金融業者たちが地元の教育や福祉活動充実のため設立した財団法人「蟻集(ぎしゅう)財団」が30日、解散した。行政の支援を受けず地域貢献を続けてきたが、低金利による活動資金難と後継者不在のため約100年の歴史に幕を下ろした。

 財団などによると、教育や農工業振興のため1862年につくられた「勧業会」の活動を継承。地元の金融業者だった角倉博佐(すみくらはくすけ)氏たち21人が1911年、計4万2600円を出資して財団法人を設立した。

 出資金を株や国債で運用しながら、土手の修復や貧しかった農家の支援に充てたと伝わる。「地方まで政府の手が回らず、地方の有志が立ち上がるしかなかったのだろう」と重森峰男専務理事(68)は推し量る。

 戦後も株の配当などの収入で、学校に運動会用のテントや演台を贈るなどの活動を続けてきた。しかしバブル崩壊後の低金利で活動資金が捻出できなくなり、約20年間休止状態に。過疎化に伴って21人いた役員が7人に減ったことなどもあり、公益法人改革で財団が公益法人か一般法人になるかを選ぶ期限の30日での解散を決めた。

 江戸時代から続く福山市の共助組織「義倉」によると、江戸時代に多くの救済組織ができたが、行政から助成を受けず現在も存続する団体は全国的に珍しいという。蟻集財団は、残っていた資金約800万円の一部を地元の亀山八幡神社の修繕などに充てた。残りの600万円を上下町商工会に寄付した。

 財団規定の付則には「いかなる場合に遭遇するとも解散することを許さず、永世これを継続すべきものとす」とあり、設立者の地域振興への決意をうかがわせる。重森専務理事は「原資は減らせず活動もできず、先人に申し訳ない気持ちがあった。解散は寂しいが、600万円を町のために生かしてもらいたい」と話している。

【写真説明】蟻集財団の歴史を伝える資料を前に、活動を振り返る重森専務理事




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