中国新聞ヒロシマ平和メディアセンターは、5月中旬から約1カ月半、当センターのウェブサイトを通じて核兵器に関するアンケートを実施した。日英両語で国内外の市民や非政府組織(NGO)、主要国(G8)の首脳・下院議長らを対象にした初の試みである。
正直、どれだけの回答が寄せられるか皆目見当がつかなかった。結果は米国、カナダ、英国、ノルウェー、イラン、日本など18カ国から210件。必ずしも多い数とはいえないかもしれない。が、回答者は核兵器廃絶の可能性から核抑止論の是非、日本政府や広島・長崎の役割に至るまで40におよぶ質問に丁寧に答えてくれた。
例えば、日本政府が核兵器廃絶に向けて有効な役割を果たしてきたかとの設問に、国内外の市民、NGOの多くが否定的な見解を示した。その理由として、米国の「核の傘」の下で、核兵器廃絶を訴える矛盾を挙げた例が目立った。
米国在住の50代の男性は、日本が米国の核の傘に黙従することで、核保有国の国内政策論議において「核兵器を推進する結果につながっている」と指摘。米国に本部がある2つのNGOも、核の傘への依存が、「核廃絶を強力に推し進める日本の能力や意志を損なっている」「国際社会で核廃絶に向けて強固な立場を取ってきていない」と厳しい目を向ける。
1997年の「平和宣言」で、平岡敬前広島市長は「広島は日本政府に対して『核の傘』に頼らない安全保障体制構築への努力を要求する」と直截(ちょくせつ)に述べた。アンケートにみられるように、米国の「核の傘」の下で核兵器廃絶を訴えることの矛盾を強く意識してのことだ。
私自身、インドやパキスタンなど核保有国で取材中、「日本も核の傘で守られているではないか」との主張に何度も出くわした。自国の核保有を正当化するために、彼らが持ち出す論理である。広島・長崎からの核廃絶アピールも、日本政府との間にあるギャップ故に、訴求力が弱まってしまう。
アンケートでは、核抑止力を前提にした考え方が核拡散を促進し、「核使用の可能性が高まっている」という回答も顕著だった。国際テロ組織などの攻撃には、「核抑止力は役に立たない」との認識でもほぼ一致する。
人類は今、「核兵器が自国民を守る」という考えから脱却し、核兵器廃絶の道へと大胆に一歩を踏み出せるかどうか、重大な岐路にさしかかっている。
2週間余に迫った「原爆の日」。私たちは思いを新たに、まずは9月2日に広島市で開かれる主要8カ国下院議長会議(議長サミット)に向け、ヒロシマ・ナガサキの、世界の声を届けよう。
5月中旬から6月末にかけての約1カ月半、中国新聞ヒロシマ平和メディアセンターのウェブサイト上で実施した。主要八カ国(G8)の首脳と下院議長には手紙を送って回答を要請した。非政府組織(NGO)にはメールで協力を求めた。英国政府は設問に対する回答ではなく、メッセージを寄せた。
【主な質問】「平和と軍縮」をテーマに、広島市で九月二日開かれる主要八カ国(G8)下院議長会議(議長サミット)に向け、中国新聞ヒロシマ平和メディアセンターは、国内外の市民や非政府組織(NGO)にインターネットを通じて核兵器に関するアンケートを実施した。十八カ国から寄せられた二百十件の回答からは、核兵器拡散への強い危機感や核抑止力に対する日本と海外の温度差などが浮き彫りになった。日本政府による核保有国、特に米国への効果的な働き掛けを望む意見も目立った。(久保田剛、桑島美帆)
今回の調査結果には、私たちが深刻に考えるべきポイントが浮かび上がっている。
私がショックを受けたのは、「核兵器廃絶」を世界の先頭に立って主張し、その実現を目指すべき立場にある日本からの回答で、核兵器廃絶は不可能と答える人が40%もいて、海外からの9・5%とはかけ離れて高かったことである。(グラフ参照)
このような日本でのあいまいな姿勢は、米ソ冷戦が終結した今日なお抑止論は有効と答える回答が、海外はわずか9・5%であるのに、日本ではまだ27%もいることにも表れている。
私はかねて、「核兵器廃絶」を口にしながら、実はその可能性を信用しない日本人はかなり多いと感じてきたが、以上のアンケート結果は、外国人との対比で、核兵器廃絶に対する日本人の意識のあいまいさをまざまざと浮き彫りにしたと思わざるを得ない。
いったい、「唯一の被爆国」日本とは何の意味を持つのか。日本および日本人は、果たして核兵器廃絶に本気で取り組んできたと胸を張って言える内実があるのだろうか。
この国民的あいまいさを解く手掛かりは、日本政府の核兵器廃絶に向けた取り組みに対する日本の回答者のきわめて低い評価だ(グラフ参照)。
国民の反核感情を考慮して非核三原則を言わざるを得ないが、日本の安全をアメリカの「核の傘」に頼るという矛盾を極めた政策を日本政府は続けてきた。多くの国民は、日本政府が本気でない問題について、国民的に真剣に考えるのは無意味であるというさめた意識を知らず知らずの間にはぐくんできたのではなかろうか。
日本のメディアも、核兵器問題に関する報道姿勢を厳しく自己検証する必要がある。例えば、キッシンジャー氏らの核兵器廃絶提言を、海外の回答の86・5%は核兵器廃絶可能と回答する根拠として評価するのに、日本の回答は評価するものが69・6%にとどまった。これは、日本のメディアがこの提言を詳しく紹介しないための無知によるもので、その無知が核兵器廃絶に悲観的な見方に傾くことにつながっていると思われる。
核兵器廃絶は「可能」と回答した。核拡散をもたらす要因は、可能性の高いものから(1)米ロ英仏中の核政策(2)インド、パキスタン、イスラエルの核兵器保有(3)北朝鮮による核兵器開発。(1)を選んだ理由は「核保有国の核軍縮への努力が十分でないことが、NPT体制の信頼を損ない、一部の国々の核開発志向を正当化する理由となっている」としている。
核兵器による報復能力を保有することで相手の核兵器攻撃を未然に防ぐ「核抑止力」は、冷戦構造が終わった今日でも有効としたうえで、「多くの人が有効と『信じている』というのが正確かもしれない。この『抑止』に必要なレベルまで『半減』など大規模な削減を行うことが、廃絶に向けてのプログラムの第一歩」と提言した。
廃絶へ向けて日本は有効な役割を「ある程度果たしている」と指摘。日本政府がこれから果たすべき内容は「NPT体制強化、軍縮交渉開催について積極的に提案し、また外交努力を行うこと」と記した。
英国政府は、ゴードン・ブラウン首相から依頼を受けたトム・フレッチャー首相秘書官(外務担当)が書面でメッセージを寄せた。
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英国が保有する核兵器の割合は世界的にみればわずかだ。現時点では、核兵器拡散の危険性と他の核保有国が相当量の核兵器を持ち続ける可能性があり、最小限の核抑止力はわが国にとって欠かせない安全保障だ。
英国は核保有国の中で軍縮問題に最も前向きな国である。冷戦終了後、核兵器の爆発力の約75%を削減し、すぐに使える核弾頭の数を百六十発以下に削減した。
次の段階に進むためには、核兵器を造る核分裂性物質と爆破装置の製造を世界的に制限することが必要だ。英国は、前提条件をつけずに軍縮会議で兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約の交渉を始めるよう働きかけている。また、爆発を伴う核実験を禁止するため、包括的核実験禁止条約(CTBT)に署名や批准をしていない国々に対し、署名と批准を求め続ける。
引き続きわれわれは、核兵器のないより安全な世界を築くための努力を重ねて軍縮を進め、化学・生物・核兵器の拡散を食い止めるよう、国際社会において十分な役割を果たしたい。(要約)
核兵器を廃絶すべきかどうかについては、「使用されれば全人類が滅びる可能性さえある」「政治的に不安定な国や地域、テロ組織などに流出すれば管理不可能」との理由から「廃絶すべきだ」と回答した。
さらに核兵器廃絶は「可能だ」と判断。その理由として、(1)核兵器保有国の政治リーダーの間でも核兵器廃絶の声が高まっている(2)中南米や南太平洋、東南アジア、中央アジアなど、国の枠組みを超えた非核兵器地帯が成立している(3)NPT体制の立て直しが期待できる|の三つを選んだ。
冷戦期の核抑止力については「有効だった」を選択。また、NPT体制について「核軍縮、核拡散防止に一定の役割を果たしてきた」「核軍縮を目指して、百九十カ国が加盟していることに意義がある」として、一定の評価を示した。
国内の六団体と、米国や英国、フランスなど、七カ国十二団体から回答が届いた。核兵器拡散の危険性は、すべての団体が「多少増大した」「かなり増大した」を選択。核兵器廃絶へ向けた日本政府の役割は、十二団体が「あまり果たしていない」「全く果たしていない」と指摘した。
■ピースデポ=横浜市
日韓朝で非核地帯設定
冷戦期には、核抑止力というより被爆者や市民の声が核兵器使用を思いとどまらせた。北朝鮮やイランだけでなく「核兵器は誰が持っても危険」という認識が欠かせない。日本・韓国・北朝鮮の三カ国が主体となり「北東アジア非核兵器地帯」をつくれば、軍事に頼らない協調的な安全保障体制を生む一歩になる。
■核兵器廃絶をめざすヒロシマの会(HANWA)=広島市
「核兵器禁止法」制定を
冷戦崩壊後も「テロとの戦い」などを掲げて他国を侵略、支配する大国が存在している。抑止論は核兵器の開発競争や宇宙の軍事開発を促進する。日本は被爆国として「核兵器禁止法」を制定し、劣化ウラン兵器などを含む非人道兵器の廃絶に向けて、中心的役割を果たすべきだ。
■平和市長会議=本部広島市
廃絶へ「議定書」提案中
冷戦期における核兵器の開発・製造は、教育やインフラなどに使うべき財源を投じ、国家、国民に大きなダメージを与えた。平和市長会議は、二〇二〇年までの核兵器廃絶を目指し、各国政府が順守すべきことを定めた「ヒロシマ・ナガサキ議定書」を提案中だ。
■国際反核法律家協会(IALANA)=米・ニューヨーク市
抑止力でテロは防げぬ
日本政府は核抑止力をいまだに支持している。「北東アジア非核兵器地帯」をつくることに抵抗し、国際司法裁判所でもさしたる発言をしなかった。米ロ(旧ソ連)英仏中は、核兵器を持っているからこそ、より容易に攻撃的な態度をとるようになった、ともいえる。核抑止力では内戦もテロ攻撃も防げない。
■核戦争防止国際医師会議(IPPNW)=米・ケンブリッジ市
米の「核の傘」依存 残念
日本政府は米軍と密接に結び付きすぎており、米国の「核の傘」に依存することを公言している。そのことが、核兵器廃絶を強力に推し進める能力や意志を損なう結果となっている。平和市長会議を支援しない、という残念な結果も招いている。
■地球の友(反核ワーキンググループ)=ベルギー・ゲント市
「九条」守り軍事非介入
核兵器は民間人と軍人を区別せず被害を与える。核実験は先住民の土地に深刻な被害を与えている。核抑止力は増大する軍事費の口実にすぎない。日本は憲法九条を堅持し、米国や北大西洋条約機構(NATO)のミサイル防衛や軍事介入に協力すべきではない。
市民からは、米国、英国、中国の保有国のほかオーストラリア、カナダ、イランなど十五カ国から百八十九件(日本百十五件、海外七十四件)の回答が寄せられた。このうち84・1%が「核兵器は廃絶するべきだ」と答えた。
あなたは核兵器廃絶が可能だと考えますか。不可能だと考えますか。
核兵器廃絶を「可能」と考えるのは、日本からの回答では53・9%、海外は83・8%。「不可能」は日本40%、海外9・5%。被爆国である日本からの回答の方が廃絶に悲観的な傾向が出た。「不可能」の理由は「核兵器保有国の政治リーダーから廃絶に向けた意思が表明されていない」が最も多かった。
核兵器拡散の危険について「かなり増大した」「増大した」は合わせて92・1%に上った。理由は「米ロ英仏中の核政策」「インド、パキスタン、イスラエルの核保有」が多い。日本は海外より「北朝鮮による核兵器開発」を選ぶ回答者が目立ち、北朝鮮の核実験などで不安が膨らんだことがうかがえる。
核抑止力について日本からの回答では、冷戦時代に「有効であった」は44・3%で「有効でなかった」を約7ポイント上回った。しかし冷戦後の見解では「有効である」27%、「有効でない」63・5%となり、評価が逆転した。
一方、海外からの回答では冷戦時に「有効であった」は27%、冷戦後に「有効である」は9・5%。冷戦時代・冷戦後を通して、核兵器を持たない日本からの回答の方が、海外よりも核抑止力の有効性を認める結果となっている。
日本政府は核兵器廃絶へ向けて有効な役割を果たしていると考えますか。
果たしてないと考えますか。
日本政府が核兵器廃絶に向けて有効な役割を「あまり果たしていない」「まったく果たしていない」の合計は日本80%、海外33・8%。「大いに果たしている」「果たしている」「ある程度果たしている」の合計(日本12?2%、海外23%)を大きく上回った。
また、広島・長崎の両市が伝える核兵器の危険性は「十分に伝わっている」「ある程度伝わっている」の合計は、日本、海外とも50%を超えた。
■日本・四十代女性
被爆地は、ただ核兵器廃絶を叫ぶのではなく、ヒロシマ・ナガサキの経験がどのように具体的に核兵器廃絶や平和構築のプロセスで役に立つのか、思想や方法論で提示していく必要がある。
■日本・十代男性
核兵器の保有国の理性は担保されていない。常に暴発の危険性におびえながら生活するのは真っ平ごめんだ。国際司法裁判所の判断は評価できない。国家が存亡の危機にあろうがなかろうが、核兵器使用は絶対悪と解釈するべきだ。
■オーストラリア・三十代男性
われわれは何度か核兵器による破滅の瀬戸際までいった。人類が生存しているのは単に運が良かったからであり、冷戦は現在も続く軍拡競争に拍車をかけた。核抑止力は、核兵器の絶対不使用を保障していない。
■米国・五十代女性
日本の被爆者団体やNGOが核兵器使用の危険性について啓発活動を行っていることは理解しているが、日本政府が何かを発信しているのは事実上見たことがない。
核兵器を保有する国を米国、ロシア(発足当初はソ連)、英国、フランス、中国の5カ国に限定したうえで、他の国が保有することを禁じた多国間条約。非保有国に「原子力平和利用の権利」を認める一方、保有国には「誠実に核軍縮交渉を行う義務」を課す。外務省によると、現在190カ国が加盟するが、事実上の核兵器保有国であるパキスタン、インド、イスラエルの3カ国は未加盟。5年ごとに条約の運用を検討するための再検討会議を開く。2000年の再検討会議では保有国による「核廃絶の明確な約束」が最終文書に盛り込まれたが、05年の会議は実質的成果がないまま閉幕した。