▽戦争の記憶継承へ指針
被爆60年の節目から1年、「原爆・平和」関係の出版物は一つの区切りと新たな一歩を踏み出した。節目の取り組みが活字にまとめられた一方、変わらない「核」の恐怖と予断を許さない国内外の情勢への不安を伝える。出版物は、戦争の記憶を受け継ぎ、未来に生かすための指針を示している。=敬称略(伊藤一亘)
■証言と継承
還暦の時を経ても記憶を刻む作業は途切れない。「繰返しませぬから」(広島市原爆被害者の会)は、被爆六十年を機に会員から原稿を募り、三十二人が体験記や詩などを寄せた。「木の葉のように焼かれて」(新日本婦人の会広島県本部)は第四十集記念号。被爆者と被爆二世の計十二人の手記、第一集から編集に携わった名越操の没後二十年特集を掲載する。
CDを添え、証言の声を残そうとした今石元久編著「人類の危機に立ち会った人たちの声」(溪水社)もある。
六十年の節目は広島、長崎以外で暮らす各地の被爆者の声を集約させた。「原爆―慟哭(どうこく)の六〇年」(愛媛県原爆被害者の会)と「被爆60周年証言集 原爆―あの日、あの時」(多摩市原爆被害者の会)には、それぞれ三十六人、二十六人が手記を寄せている。ほかにも各地で体験集が編まれた。
「原爆の子の像」のモデルとして知られる佐々木禎子と一時期同じ病室で過ごした大倉記代が当時を振り返った「想い出のサダコ」(よも出版)は、禎子の素顔を伝える貴重な証言。復興期の市政を担った浜井信三の回想録「原爆市長」は約四十年ぶりに復刻された。
李実根「PRIDE 共生への道―私とヒロシマ」(汐文社)は、在日朝鮮人被爆者の著者が「広島県朝鮮人被爆者協議会」を組織して朝鮮人被爆者の救済などを求めて尽力してきた半生をつづる。丸屋博・石川逸子編「引き裂かれながら私たちは書いた―在韓被爆者の手記」(西田書店)は、渡日治療で日本を訪れた在韓被爆者十一人から聞き書きした。
土田ヒロミ「ヒロシマ2005」(NHK出版)は、約三十年前に取材した二十九人の被爆者のその後を追った写真集。対比して示されたそれぞれの写真に時の流れがある。
■表現する活動
福原照明「夾竹桃の咲く頃」(日本医家芸術クラブ)は、応召、そして被爆の後、核戦争防止国際医師会議日本支部長を務め、昨年末に亡くなった著者の自伝的小説。手記集「木の葉のように焼かれて」の編集スタッフの一人、久保美津子は、被爆体験などを基にした二十三編の作品を「私のあしながおじさん」(みもざ書房)にまとめた。
詩人長津功三良は、約五十ページにわたる壮大な叙事詩で原爆の悲劇を表現しようと試み、詩集「影たちの墓碑銘」(幻棲舎)を刊行した。
「栗原貞子を語る 一度目はあやまちでも」(広島に文学館を!市民の会)は、昨年の「全詩篇」後に見つかった詩や短歌などを収める。田口ランディの小説「被爆のマリア」(文芸春秋)は、記憶の継承の努力もむなしく、過去が風化していく現実を、四つの物語で表現する。
斉藤とも子「きのこ雲の下から、明日へ」(ゆいぽおと)は、原爆小頭症患者とその家族たちでつくる「きのこ会」の歩みと、それを支える人たちの姿をまとめた。小林文男「原爆碑を洗う中学生」(草の根出版会)は、長崎の被爆者で、東京の中学教諭として広島市への修学旅行を始め、平和学習を支えた故・江口保の評伝。
原爆・平和に関する国内外千八百六十七曲のデータを集めたのは「ヒロシマと音楽」(汐文社)。関根一昭「原爆ドームと産業奨励館の模型をつくろう」(平和文化社)は、模型作りを通して平和を考えてもらう、ペーパークラフトの図面集だ。
子どもたちに原爆を伝える漫画や絵本も多く世に出た。ごとう和「生きるんだ ヒロシマから今いのちのメッセージ」(秋田書店)は、「語り部」を描いた表題作と原爆で孤児となった男性の歩みを描く「母ちゃんの折り鶴」の二話構成。吉村和真・福間良明編著「『はだしのゲン』がいた風景―マンガ・戦争・記憶」(梓出版社)は、漫画やメディアの研究者たちによる、中沢啓治「はだしのゲン」の初の本格的研究書だ。
長崎で入市被爆し、第四次原爆症認定訴訟の原告でもある、寺山忠好の絵本「こぎゃんことがあってよかとか」(ウインかもがわ)は、意見陳述の代わりに法廷でスライド上映した絵をまとめた。イラクの病院の子どもたちの絵を基にした佐藤真紀「戦火の爪あとに生きる―劣化ウラン弾とイラクの子どもたち」(童話館出版)も刊行された。
■国際情勢と不安
劣化ウラン弾の使用など核の被害は現代にも広がる。鎌仲ひとみ「ヒバクシャ―ドキュメンタリー映画の現場から」(影書房)は、核と放射能汚染問題に取り組み、監督を務めた映画「ヒバクシャ」などの制作ドキュメント。「核時代の光景」(日本リアリズム写真集団)は、原爆被害とともに劣化ウラン弾や原発事故、水爆実験など、終わらない核の悲劇を写真でリポートする。鎌田遵「『辺境』の抵抗―核廃棄物とアメリカ先住民の社会運動」(御茶の水書房)は、放射性廃棄物処分場をめぐる米国先住民の選択と、その背景を探った労作だ。
銃火が絶えない不安定な国際情勢、日本の進む道はどこにあるのか。東京都国民ホゴ条例を問う連絡会編「地域からの戦争動員―『国民保護体制』がやってきた」(社会評論社)は、国民保護法をはじめとした有事法制が、軍事優先体制につながることを懸念。小川和久・坂本衛「日本の戦争力」(アスコム)は、国際政治、軍事アナリストの著者が、自衛隊、日米安保、北朝鮮問題などに対する日本の「力」をQ&A方式で平易に解説する。
昨年は敗戦から60年でもあった。八杉康夫「戦艦大和 最後の乗組員の遺言」(ワック)は、沈みゆく船からの生還と被爆後の広島市での作業などをリアルに伝える。工藤恵美子「テニアン島」(編集工房ノア)は、生まれ育った島の記憶を41編の詩でつづり、「原爆が飛び立った地」の別の顔を浮き彫りにした。全国回天会など監修「人間魚雷 回天」(ザメディアジョン)は、特攻兵器・回天の作戦の全容を後世に伝える。
平和な世界の実現に向けた研究者の取り組みも進む。広島大文書館編「広島から世界の平和について考える」(現代史料出版)は、60年を機に始めた公開講座を収録。日本平和学会編「人道支援と平和構築」(早稲田大学出版部)は、グローバル化時代の紛争予防、難民支援など平和構築の方法を模索する12の論文を収める。近世後期から、2001年9月11日の米中枢同時テロ事件までを対象に、平和の実現などに取り組んだ人物約2700人を収録した鶴見俊輔監修「平和人物大事典」(日本図書センター)も刊行された。
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