夕食の支度のため、ホームステイ先のナターシャ(51)と近くのスーパーへ買い物に行く。ベラルーシは旧ソ連時代のように品不足だと聞いていたが、地方都市のゴメリでも品物があふれている。
現地で知り合った女性に、そんな話をすると、顔をゆがめて、こう言った。「スーパーの中身が問題じゃないの。財布の中身が問題なのよ」。うまいことを言う。物価は高く、給料は安いのだ。
平均賃金は月約三万円程度だと言うのに、ミカンが一キロ二百円、こぶしより一回り大きいハムは六百円もする。
▽輸入品は割高
国が国際的に孤立しているせいか、輸入品は特に割高だ。例えば、ドイツ製のインスタントコーヒー。値札を見ずに店員に渡したら、二万四千ルーブノン(千三百円)だという。
「レジの打ち間違いじゃないの」。思わず若い女性店員に聞き返した。両親がゴメリ出身のテニスプレーヤー、マリア・シャラポワに似た店員は「ニエット(いいえ)」と愛想なく言い捨てる。仕方なく金を払い、陳列棚へ戻って確認した。二万四千ルーブノンだった。
みんなどうやって生活しているのか―。アパートに帰って早速、ナターシャに聞いてみる。「ちょっと待ってなさい」。台所から家計簿のノートを持ってきた。
作業所を経営するナターシャとステファン(54)夫妻の収入は二人合わせて二百二十ドル(約二万六千円)。国の通貨はルーブルだが、ベラルーシでは政府も含めてみんな外国人にはドルベースで教えてくれる。
甲状腺がんで亡くなった息子オレグへの弔慰金が国から月七十五ドル(九千円)支給される。チェルノブイリ原発事故に起因する病気と認められた子どもを八年以上養育した親に支給される手当という。これで月約三百ドル(三万六千円)ほどになる。
次に支出だ。「一日二ドル半(約三百円)以内に抑えるのが基本」という。ナターシャは、一週間に必要な食料品と、その額を読み上げる。黒パンと白パンが七本で四百円、牛乳二リットル八十円、チーズは一キロ百八十円、肉は同国で一番安い骨付き鶏肉を二キロで五百三十円…。
さらに、孫娘を養育するために買った首都ミンスクのアパートまでの交通費がかかる。
▽余裕全くなし
取材ノートに書き写して計算した。なるほど。暮らせないことはないが、余裕は全くない。
ベラルーシやロシアでは、大半の家庭がダーチャと呼ばれる小さな別荘を郊外に持っている。人々はそこで週末、家庭菜園に励み、食料を蓄える。親類縁者のネットワークも強固で、野菜や食料品を調達する術はある。彼らの暮らしぶりを現金収入だけで計れない面があるのは事実だ。
それでも、ナターシャら収入の少ない家庭に、事故の手当は大きい。国際機関の専門家の中には、いつまでも被害手当をばらまくのは、社会の復興の妨げになる―との指摘もある。知り合った被災世帯は、事故の幕引きが進み、手当が打ち切られることを心配していた。
「あなたも家庭があるなら、やりくりの大変さが分かるでしょ」。ナターシャの小言を聞きながら、高価なインスタントコーヒーをすする。まずかった。<敬称略>(滝川裕樹、写真も)
【写真説明】ベラルーシの地方都市でも、スーパーなどには商品があふれていた。ただし物価は高い
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