「なぜ、甲状腺がんの人ばかり取材されるのって、みんな言うのよ」。ベラルーシ南部ゴメリ市で、作業所「のぞみ21」を運営するナターシャ(51)が、憂うつそうな表情で話しかけてきた。
チェルノブイリ原発事故の被災者が働きながら自立を目指す施設は珍しく、海外から取材者が訪ねてくる。どうしても、事故の影響だと科学的に確認されている甲状腺がんの入所者が注目されがちだ。
他の病気を患う若者には、それが面白くないのだろう。この国では甲状腺がん以外の病気でも、社会的要因で因果関係が認められれば、手当は支給されている。
そんな時、てんかんで学校に通えない作業所では最年少の少女ベーラ(12)が入院した。両手に原因不明のできものがおびただしくできたという。
市内にある入院先の放射線医学研究所に見舞いに行った。日本のアニメ「YAWARA」が好きだというベーラ。「前の晩、ロシア語吹き替えの日本製アニメを見た」と伝えると、話は盛り上がった。
父親を結核で亡くし、母親も作業所で一緒に働く障害者だ。生活は所内で一番苦しい。普段は高くて買えないというバナナを贈る。「スパシーバ(ありがとう)」。付き添った母親が、はにかむように礼を言う。
▽がん増加傾向
この研究所は、調査研究機能を併せ持つ総合病院で、三百人の医師が働く。ベーラを見舞ったのとは別の日、ウラジミール・ステパノビッチ組織部副部長を訪ねた。被災者の間では、乳がんや腎臓がん、白内障、脳血管障害などが増加傾向にあると聞く。乳がんは近々、日本と共同研究を始めるらしい。小児白血病が増加傾向という報告もある。
「被曝(ひばく)による健康被害は、甲状腺がん以外は認められていませんね」と尋ねる。
「ただ、ほかのがんも因果関係を否定されているわけではない。病気は複雑な要因が絡んで起きる。被災者は疎開を強いられ、大変な心理的負担を負っている。事故が与えた社会的、環境的な影響は計り知れない」
副部長は、広島から取材に来たと聞き、熱心に説明を続けた。病院を建設するため、広島を視察に訪れたこともある。
ただ、優しかった表情が一変した。将来にわたる原発事故の被曝による死者を四千人程度と結論付けた国際原子力機関(IAEA)の報告書について話題にした直後だ。
「そんな数字はあり得ない。事故処理作業に従事した友人だけでも、大勢が亡くなった。そもそもIAEAは原発を建てるための組織でしょ」。猛烈にまくし立てる。
たじろぎつつ、病棟を見せてほしいと頼んだ。白血病などで入院する子どもたちの病棟を案内してくれた。貧血が長く続き、検査入院中の一歳の双子の男児は、ゴメリ州でも放射能汚染の深刻な地域に住んでいた。
▽立証は難しい
「両親が心配してね」。副部長は浮かない表情で説明する。「汚染地域の子どもの親は特に健康について敏感。何かあると、すぐ事故と結びつけて考えてしまう。仕方がない」。取材で知り合った多くの医療関係者も同じ悩みを抱えていた。
原発事故による被曝が病気の原因なのか。長年の研究・調査を通じても立証は非常に困難だ。原発事故という巨大な「病」に侵された社会の回復も、やはり同じように難しい。<敬称略>(滝川裕樹、写真も)
「汚染地ベラルーシから」はおわります
【写真説明】放射線医学研究所に入院している双子の1歳の男の子。放射能汚染の深刻な地域に暮らしていたという
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