夕食後、お茶を飲みながらホームステイ先の家族とベラルーシのテレビを見るのが楽しい。先日は、ロシアの放送局が制作したクイズ番組を見た。音楽やセット、進行が日本とそっくりで、笑ってしまう。言葉は分からないが、司会者は「ファイナルアンサー」と言っていたのだろうか。
そんなある日、ゴルバチョフ元ソ連共産党書記長の映像が流れた。誕生日らしい。その途端、ステファン(54)が不快な表情を浮かべる。姉のアンナ(65)も「だめだめ」とばかりに手を振った。
ステファンに言わせると、社会を崩壊させた張本人だという。旧ソ連の歴代指導者の評価を聞くと、恐怖政治のスターリンは論外。その次に評判が悪いのが、ゴルバチョフだ。とにかく庶民には嫌われている。
「ソ連崩壊の混乱を経験した国民は、『改革』という言葉に嫌気がさしている」。現地のある女性ジャーナリストは、そんな説明をしてくれた。
▽民族紛争続く
ソ連崩壊後に独立した各共和国では、民族紛争や内戦が相次いでいる。旧ソ連圏は、もともと同じ国だったため、紛争や内紛への関心は自然と高い。ナターシャ(51)も、ウクライナやグルジアに親類がいる。
欧米から「独裁的」と名指しされるルカシェンコ大統領。言論統制などを通じて権力を維持する手法に批判は強い。しかし、他の旧ソ連諸国に比べ、社会は安定し、保守的な農村では圧倒的な支持がある。ゴメリ市近郊の村を訪ねた際、大統領の名を連呼するおじいさんにウオツカを勧められて困ったこともあった。
ベラルーシは、ロシアやポーランドなどの周辺国に相次いで支配された歴史を持つ。第二次大戦時のドイツとソ連との戦争では、国民の四分の一が犠牲になった。「国民は安定を望んでいる」。女性ジャーナリストの言葉の背景には、この国の苦難の歴史があった。
大量の放射性物質に汚染されたチェルノブイリ原発事故もその一つだ。かつて大統領は演説で、原発事故を独ソ戦やソ連崩壊と並ぶ惨事と称したという。戦争や体制崩壊による悲劇と、放射線被曝(ばく)による不幸が、ここでは同一に語られる。
▽独裁批判なく
「ルカシェンコ大統領はどうですか」。ステファンに聞いてみた。「よくやっている。実行力があり、ゴルバチョフとは違う」。すかさず答えてくる。「独裁だからいけない」という欧米の批判は、安定を求めるベラルーシの人の心には届いていないように思えた。
確かにテレビで演説などを聞くと、抑揚のあるしゃべり方でうまい。役人言葉でなく、親しみが持てるらしい。地方にも精力的に出向き、大衆に訴えかける能力にたけているという評判だ。
広島を訪ねたこともあるステファンとナターシャ夫妻から、逆に問われた。「日本のリーダーはどうなんだい」。説明に困ったが、その政治スタイルは、どこか似ているようでもある。
三月中旬、居間のテレビは、大統領選を前に、選挙監視団を送り込んでくる欧米批判のニュースを流していた。しばらくして、国民に投票を呼び掛ける選挙公報。英国のロックグループ、クイーンの歌「伝説のチャンピオン」に合わせ、スケートをする親子三人が「いい国にするために投票を」と語りかけてくる。
なんだか変な国だなと思う間もなく大統領は三選を果たした。<敬称略>(滝川裕樹、写真も)
【写真説明】旧ソ連のシンボルだったかまとハンマーのマークや、レーニンの肖像が掲げられる首都ミンスク市のトラクター工場
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