「事故が起これば、われわれが最初の犠牲者。そのことを肝に銘じている」と話すバシリー・クラソクスキーさん(ムルマンスク市)



「核燃料を積んだまま退役した原潜の老朽化が急速に進んでいる」と、コラ半島の地図を指し示すロバート・キビーラさん(ムルマンスク市)


中国新聞

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21世紀 核時代 負の遺産


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緑の蓋の下に、砕氷船「レーニン」から取り出した使用済み核燃料棒639本を保管している「レプセ」。写真上方には停泊中の原子力砕氷船「ロシア」が見える(ムルマンスク市)


1970年代に建造された原子力潜水艦から、使用済み核燃料棒を取り出すサービス船の「イマンデラ」(ポリャールノエ基地)=ベローナ財団ムルマンスク提供(2000年撮影)

 
 隣国、管理改善を訴え

 フィヨルドでバレンツ海につながる人口三十五万人のムルマンスク市。北緯六八度五八分、東経三三度三分に位置するロシア北西部の町は、白夜に近い六月を前にしてもなお、ときおり雪の舞う寒い日が続いていた。

 その町の中心部から車で北へ約三十分。原子力砕氷船の修理や放射性廃棄物の処理などを手がける国営企業のアトムフロートとムルマンスク汽船は、コラ湾に面してあった。

 「アトムフロートは陸上、ムルマンスク汽船は海上での仕事をそれぞれ受け持っている。今から訪ねる『レプセ』という使用済み核燃料保管船は後者の担当だよ」

 厚いコートに身を包んだムルマンスク汽船の主任放射線測定技師セルゲイ・ジャボロンキンさん(50)は、敷地内の一番北に係留されている「レプセ」に向かって歩きながら言った。

 幾つかの建物そばを通り過ぎる。すると、朱と黒色の船体を岸壁に横付けした巨大な砕氷船が目前に迫ってきた。

 「この船は『ロシア』というんだ。二万二千トンある。航海から帰ったばかりで、今から修理を受けるところだ」。ジャボロンキンさんが誇らしげに話す「ロシア」の船体には、あちこちに錆(さび)が浮き出ていた。 

 


 旧ソ連(ロシア)政府は、冬場の凍結した北方海域での貨物輸送を確保するため、一九五九年に世界で最初の原子力砕氷船「レーニン」を就航させた。以来、九三年までに、川での使用を目的にした二隻を含め九隻の原子力砕氷船を建造。八九年に「レーニン」は退役したものの、残りの八隻は今も使われている。

 「ロシア」からさらに二百メートルほど歩くと「レプセ」の船体が見えてきた。三六年に建造された船は、砕氷船の核燃料交換や使用済み核燃料の一時保管用「サービス船」に姿を変えて、六二年にコラ湾にやってきた。

 「ようこそ」。長さ十メートルほどの桟橋を渡り乗船すると、船長のバシリー・クラソクスキーさん(59)が、にこやかに迎えてくれた。

 「この船の大きさは五千八百トンだよ。前部に二つの核燃料保管所を備えている。『レーニン』から取り出した使用済み核燃料六百三十九本が貯蔵されている。それを私を含め、三十七人のスタッフが二十四時間体制で安全管理に当たっている」

 船長室で簡単な説明を受けた後、急な梯子(はしご)段を上ってデッキに出る。

 「ほら、この緑の蓋(ふた)の下に核燃料が保管されているんだ。もちろん、蓋の下にはさらに生物保護措置が取られているから放射能漏れの心配は要らない」

 クラソクスキーさんがいう「生物保護措置」とは、核燃料保管容器をセメントで覆っていることだった。「石棺」状態にあるのだ。もっとも、チェルノブイリ原発事故を起こした四号炉機の石棺と違って、温度が上がらないように冷却装置が働いていた。

 通常の使用済み核燃料なら、三〜四年こうしたサービス船に保管して温度を下げた後、高レベル放射性物質を運ぶ専用の貨物列車に移し替え、ウラル山脈東側に位置するマヤーク核施設へ運搬。再処理にかけられるはずである。

 だが、六六年に「レーニン」で原子炉事故が発生。このとき取り出した三百二十本の核燃料棒を「レプセ」の一つの容器に移し替える際に、熱で膨張してうまく収まらなかった。作業員がハンマーなどを使って無理やり容器に入れ込んだ。が、燃料棒の一部が崩れ、今度は取り出せなくなった。

 「レプセ」はその後も、もう一つの容器を使ってサービス船として利用された。しかし、八一年に新しい二隻のサービス船に取って代わられた。

 「今は波の穏やかな岸辺に係留しているし、火災などが起こらないよう細心の注意を払って管理している。船のエンジンは取り外しても、船体自体はまだ大丈夫だ」と、クラソクスキーさんは自信に満ちて言った。

 だが、具体的な処理方法が見つからぬまま、「高レベル放射性廃棄物」となってしまった「レプセ」の船体自体を何万年もだれが安全に管理するのか。その点を尋ねると、「そのうちにいい方法が見つかるよ」と笑い飛ばした。 

 


 しかし、「レプセ」の問題を含め「コラ半島周辺には深刻な問題がいっぱいある」と、強い懸念を示す人もいた。ムルマンスク市中心部のノルウェー領事館で会ったロバート・キビーラ領事(43)もその一人である。

 「旧ソ連時代、ロシアは二百四十七隻の原子力潜水艦を建造した。うち約三分の二は北方艦隊、残りの多くはウラジオストクなど太平洋艦隊に属している。北方艦隊の原潜基地は、フィヨルドの自然を利用したコラ半島に集中している。今でも老朽化した百隻以上の原潜が、ほとんどすべて原子炉を積んだまま港に停泊しているんだ」

 キビーラさんは応接室の壁に掲げた大きな地図を指し示しながら言った。

 ノルウェー国境からアンドレア湾にある一番近い原潜基地までは、直線でわずか四十キロ。ここには、原潜で使用された二万一千本の核燃料棒貯蔵庫が海に面してあった。

 「何しろ七〇年代にできた古い貯蔵庫で、雨漏りがして放射能汚染水が海に流れていくような状態だった」

 ノルウェー政府は九五年以来、安全対策のための財政支援を続け、二〇〇一年も一千万ノルウェークローネ(約一億三千万円)の資金援助をした。しかし、「軍事秘密」を盾に、これまでその援助が有効に活用されているのか、現地を視察することすらできなかった。

 「それが初めて実現したのがつい二日前。オスロからやってきた外務次官やマスコミ関係者ら七人だけが許された。状況は想像していた以上にひどかったようだ。今は深さ十六メートルの溝を貯蔵庫の周りに掘って、汚染水が海に流れないようにだけはしているらしい」

 自国政府代表らの視察準備に当たったキビーラさんは、現地を踏んだ代表者の話を伝えてくれた。

 この貯蔵庫ではすでに六年以上、使用済み核燃料がマヤーク核施設に運び出されないままだという。新しい貯蔵庫建設となると、少なくとも二千万米ドル(約二十四億円)が必要だ。

 「使用済み核燃料貯蔵庫や原潜で大事故が起きて海洋が汚染されると、わが国の水産業は壊滅的な打撃を受ける。人口四百五十万人の五%余りが水産業にかかわり、年間二百億クローネ(約二千六百億円)の収入を得ているんだ。実際に魚介類が汚染されていなくても、風評被害が広がれば、だれも買うものはいなくなる。といって一国では援助にもおのずと限界がある」 

 


 ノルウェーや近隣のフィンランド国民にとって、もう一つの頭痛の種はコラ半島にある四基の原発である。炉心溶融を伴うような原発事故が起きれば、被害は水産業にとどまらない。

 ノルウェー政府は、四基のうち二〇〇三年と〇五年に三十年の耐用年数を過ぎる二基の原発の閉鎖を強く求めている。だが、エネルギー事情が許さないロシア政府は、それぞれ十年間の使用延長を決定した。

 すでにノバヤゼムリャ島を挟んで東側のカラ海には、核燃料を格納したままの原潜の原子炉や固体廃棄物が投棄されている。西側のバレンツ海には、五九年から九一年まで大量の放射性廃液が捨てられてきた。乗組員百十八人を乗せたまま、二〇〇〇年八月に海底に沈んだ「クルスク」原潜のようなケースもある。

 「今のところカラ海もバレンツ海も、魚介類の汚染を心配するようなことはない。むしろ、ノルウェー海に近い西側の海の方が問題が大きい。英国のセラフィールド核施設やフランスのラアーグ核施設からたれ流された放射性廃液によるものだ。が、潜在的な危険を考えるとはるかにロシアの方が高い」

 放射能汚染の拡散は、国境など無関係だ。ノルウェーにとって、隣のロシアの核管理状況はひとごとでは済まされない。

 「結局、二つの小さな実験炉しかないわが国が、巨大な問題をつくっているのと同じなんだ。『危険だ』と言っているだけでは解決にならない。国民の血税を使って安全対策のための支援をするしかないんだよ」

 キビーラさんは、そう言って深いため息をついた。彼の嘆息は、原潜などロシア極東の核安全管理の方がはるかに危険な状態にあると言われている日本人にとっても無縁ではない。
 
 
ロシア北方原子力潜水艦・砕氷船




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