第3部 ルポ・自衛隊は今 | |
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3.洋上救難 |
高知沖の豊後水道。五月下旬の海は穏やかで、波高は一メートル 前後。海上自衛隊岩国航空基地の救難飛行艇「US―1A」の乗員 は「きょうは、静かすぎて訓練にならないかも…」とつぶやいた。
最大三メートルの荒波の海面に降り立ち、洋上救難をする専門部 隊。この日、着水は基地の滑走路に降りる感覚とさほど変わらなか った。機内でゴムボートを組み立てた救助要員たちが、洋上へ飛び 出す。遭難者役のマネキン人形は機内の医療用ベッドに素早く運び 込まれた。 25年間で出動600回 水陸両用の飛行艇を持つのは現在、世界で日本だけだ。一九七六 年の就役から二十四年で、六百回近く出動。遭難船などの救助のほ か、七機のうち一機は神奈川・厚木基地に交代で待機、空港のない 小笠原諸島からの救急搬送に備えている。 「厳しい自然条件で、どう着水するか。ハイテクには頼れないた め、機長が最終的に判断する」 訓練取材に同行した第七一航空隊の小宮哲夫司令は説明した。波 の状態を見ながら着水の可否を判断、絶妙のパワー操作で低速で機 体を降ろす―。米軍には、苦手な分野で、海自隊が得意とする職人 技という。 現在、二十九人を抱えるパイロットの養成には、他の航空機の二 倍の年月がかかる。「毎日、基本的な訓練を繰り返すしかない。ミ スは人の生死にかかわる。常に『実戦』の状態にいる」。小宮司令 も三十五回の出動を経験している。 それでも、事故が起きることがある。九五年六月には訓練中、エ ンジントラブルで。一機が豊後水道に墜落。十一人の犠牲者を出し た。 届く礼状に使命感 だが、パイロット候補として採用する航空学生の中で、US―1 Aの搭乗希望者は増えているという。冷戦時代に花形だった「対潜 哨戒機」などの役割が今では見直され、任務の成果を、確実に実感 できる救難に以前より目が向いているのだ。 「助けた方からよく礼状が届く。やって良かったと励みになり、 次への使命感につながる」。パイロットを束ねる笹見雄一郎飛行隊 長は、しみじみ語った。 一機七〜八十億円を投じ、防衛庁がUS―1Aを配備する理由は 民間の救難だけではない。有事における味方の艦船・航空機のバッ クアップも重要な任務だ。 それがクローズアップされたのが、九七年の日米防衛協力のため の新指針(ガイドライン)。「周辺事態」での自衛隊による米兵の 捜索・救難が盛り込まれ、昨年五月に成立した周辺事態法では、同 意があれば他国領海でも活動ができるようになった。「US―1A の救難能力も念頭にある」。海自幹部は明かす。 米軍機乗員救助も 第七一航空隊は、国際条約に基づきこれまでに海外十カ国の船舶 ・航空機を救助した。九二年一月には、太平洋上で墜落した米軍の F16戦闘機の乗員を救助した実績もある。 だが、小宮司令は淡々と話す。「相手がどこの国でも、どんな事 態だろうと基本的にやることは同じ。救助する対象のことを考えて いては、うまく着水できない。われわれの相手はあくまで『波』な んです」 |