| 広島のどこかで
 
   その3  
 
 
    七年ものあいだ、土の中でくらしていた、クマゼミのクーが地上にでてきたのは、夏もおわりのあるあさでした。
  からからぬけだしたクーはまず、すきとおった羽をかわかして、センダンの木をのぼっていきました。車がびゅんびゅん走っている城北大通りです。
  「セミのなかまじゃ、にっぽん一なんだがなあ」
  何百ばいも大きい車にクーは目がまわりそうでした。あたりには、クマゼミのなかまのすがたは見あたりません。
  木のしるをすうと、クーはげんきになきはじめました。
  「シャー、シャワシャワシャー」
  車の音に、クーの声はかきけされそうです。
  クーのとまっているセンダンの木の下を、つえをついたおじいさんがとおりかかりました。クーの声を聞いて、おじいさんは、上を見上げました。
  「いまごろ、シャーシャーがなくなんて、めずらしいのう」
  おじいさんは、七十年もむかし、このあたりが西練兵場だったころ、せみとりをしてあそんだことを思い出しました。
  「あのころは、ようけおってもなかなか捕られなんだがのう」
  あれからせんそうがあって、まちはやかれ、ようすもすっかりかわりました。でも、シャーシャーの声はむかしのままです。クマゼミのクーは、やすみなくなきつづけました。
  「あっ、シャーシャーじゃ」
  小学生がじてんしゃをとめて、クーを見上げました。
  「いるいる、大きいぞ」
  クーは、とくいになってなきました。
  西の空があかねいろにそまりました。ひとりぼっちのクーはなきつかれてひとやすみしました。そのときです。ゆうやけの空のなかで、きらりと羽をひからせたものがいました。クマゼミのメスのなかまがやってきたのでした。
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