![]() ![]() |
2000年5月18日
5 負の遺産
首都ワシントンから北東へ約六十キロ。メリーランド州最大の都 市ボルティモアの古い街並みの一角に、印刷業リチャード・オック スさん(61)が会長を務める市民グループの事務所があった。 ![]() 「会の名前? 長いから一度では覚えられないよ」。オックスさ んは、いきなり冗談を飛ばしながら「アバディーン立証グラウンド ・スーパーファンド市民連合って言うんだ」と、細身の体を伸ばし て棚から資料を取り出した。「ほら、ここが問題の基地だよ」 陸軍基地のアバディーン立証グラウンド(APG)は、ボルティ モアからさらに北東へ約三十キロ。チェサペカ湾に面して長さ約四 十キロ、最大幅約八キロのほぼ長方形をなして広がっていた。第一 次世界大戦中の一九一七年にできた、最も古い米軍施設の一つであ る。 「ここには陸軍が使うあらゆる兵器の研究開発に当たる、陸軍調 査研究所もある。研究、実験、演習、貯蔵…昔からの陸軍の中枢基 地だ。劣化ウラン弾の試験だって、五〇年代半ばから続いている」 が、オックスさんがAPGでの劣化ウラン弾の実射試験を知った のは九四年。九二年に誕生した市民連合も、もっぱら重金属など化 学物質による汚染に関心が向いていたという。 「七九年までの二十五年間は、戦車や装甲車用に使う金属などを 標的に実射試験を繰り返してきた。むろん、何の遮へいもなしだ 」。オックスさんらは、劣化ウラン弾の性質や、湾岸戦争退役兵ら の疾病について知るにつれ、一層不安を募らせた。 ![]() これまでにどれだけの劣化ウランを使ったのか。市民連合の要求 に対し、軍は答えを拒んだまま。が、軍のリポートなどを基にした 彼の推計では、七九年まで毎月、一一六〇〇マイクロキュリー(約 三十キログラム)の放射能を大気に放出。州基準の一五〇マイクロキュ リー(三百八十七グラム)の約七十七倍に達すると分析する。 「七九年以後、金属板などを使ったハードターゲット試験は屋内 でやるようになった。でも、砂に撃ち込むソフトターゲット試験は 屋外のままだ」とオックスさん。実射が続くソフトターゲット場に は、既に七十トン以上の劣化ウランが蓄積されているという。 APGの周辺には、ボルティモア市を含め約二百万人が住む。メ リーランド州のがん罹(り)患率は、全米で毎年上位三〜五位にラ ンクされる。特に基地と接するハートフォード郡は、州内で最も高 い。さらに基地の東側、風下に当たるデラウェア州のがん罹患率は 全米一である。 ![]() 「これだけの要素がそろっていても、軍も州政府も基地周辺住民 の健康調査や環境調査をやろうとしない」と、オックスさんは憤り を隠さない。「本当のことが見えてきて、住民への補償問題などに 発展するのを恐れているのだよ」 基地内の汚染程度は、連邦政府環境保護局が最汚染地域のクリー ンアップに適応する「スーパーファンド」資金の認定地であること でも分かる。ラジウムなどの放射性物質を使った計器類の大量投 棄、第一次、二次大戦時に製造された化学、生物兵器の廃棄、五百 万個と言われるあらゆる種類の不発弾…。 「八十年余り続いた基地活動の負の遺産がここに全部詰まってい るよ」。オックスさんは、市民連合が作った基地内の汚染マップを 示しながら言った。 「これから先、どれだけの血税をつぎ込んで除染作業をしなけれ ばならないか…。なのに劣化ウラン弾の実射試験で環境汚染を重 ね、住民の健康を脅かすなんて犯罪行為だよ」 四十年間平和活動にかかわってきたオックスさん。「環境保護も 大切な平和活動」という彼の取り組みは、まだまだ続く。 |
![]() ![]() |
next | back | 知られざるヒバクシャindexへ