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2000年4月8日
5 27分の命
「ここに息子が眠っているのです」。ロバート・ウェストさん (36)は、そう言うと広大な墓地へと車を乗り入れた。テネシー州の 州都ナッシュビル市の南東。静閑な墓地の一角に、目指す墓はあっ た。 「マイケル・リー・ウエスト 1995年1月18日 永遠に私 たちの心に」 小さな石碑にくっきりと刻まれた名前。「わずか二十七分の命だ った。私の腕の中で息を引き取ったのです」。しゃがみこんだウエ ストさんは、手で文字をなぞった。 ![]() マイケルちゃんの腎臓(じんぞう)は、母親の胎内で十九センチにも 肥大。このため他の臓器が圧迫され、正常に発達しなかったのだと いう。 「実は私にはもう一人子どもがいるんですよ。七歳になる長女の ジェシカです。今は四年前に離婚した母親のバーバラと一緒に住ん でいるけど、娘も生まれた時からほとんど耳が聞こえなくて、ずっ と耳に管を入れたままです」 ジェシカちゃんは、ウエストさんが湾岸戦争に参戦して二年後の 九三年に生まれた。当時のウエストさん夫妻には、二人の子どもが 生まれる間に流産の経験もあった。 湾岸戦争では、陸軍戦車部隊で劣化ウラン弾を扱っていた。「生 存者の確認のために、破壊したイラク軍戦車の中を、いつものぞき 込んでいたよ。どれだけ劣化ウランのちりを吸い込んだかしれな い」 ![]() ウエストさんの体調は、イラク南部になお駐留中の九一年四月ご ろから崩れた。激しい頭痛、下痢、関節の痛み…。六月にドイツの 米軍基地へ戻り、九四年二月に除隊するまで、ほとんどをドイツで 過ごした。バーバラさん(31)は、妊娠の都度ナッシュビルに戻り、実 家で大事を取った。 「バーバラはセックスの度に、下腹部が燃えると言って苦痛を訴 えた。きっと自分が中東から悪いものを持ち帰ったのだろう。二人 ともそう思っていた。でも、本当の理由は何も分からなかった」 マイケルちゃんが生まれた直後、二人は地元の大学病院の遺伝学 者に相談した。どちらかが遺伝的な腎臓疾患を持っているのかもし れない、と言われた。しかし、どちらの家族にも腎臓を患った者は いなかった。 「放射線か何かによる遺伝子の突然変異によるものではないか 」。ウエストさんの質問にその女医は「十分可能性はあるけど、私 の理論はまだこの病院では支持されていない」と、カルテには記載 しなかったという。 ウエストさんの健康状態は、徐々に下降線をたどった。九六年の 離婚後は、ナッシュビルから北へ約二十五キロの小さな町、グッドレッ ツビルの古里へ戻り、母と日用品店を経営。その傍ら、スクールバ スの運転手も務める。 ![]() 「娘のためにバーバラとは、何でも話し合っている」というウエ ストさん。九七年には、ケンタッキー州で開かれた湾岸戦争退役軍 人と家族のための集会に二人で参加した。そこで初めて、退役軍人 の他の妻たちの中にも、性交の際に下腹部に痛みを覚えたり、流産 や先天的障害を持った子どもを出産している事実があるのを知っ た。 「二人とも目からウロコが落ちるという感じだった。それにして も、なぜ軍や政府は、劣化ウランなどの危険について事前に教えな かったのか。私も彼女も怒りを抑えることができなかった」 教えてくれてさえいたら、妻や子どもにまで影響を及ぼさなくて も済んでいただろう―。マイケルちゃんの石碑を見つめるウエスト さんの目が、そう訴えていた。 |
![]() ![]() 亡くなった長男の墓前にたたずむロバート・ウエスト さん。「悲しみは生涯消えません」(テネシー州ナッシュビル市) ![]() |
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