2000年6月4日
3 先天性障害
スコットランドの首都エディンバラ市を抜け、西北へさらに五十 キロ。人口二千人のクラックマナン市に住むケネス・ダンカンさん (31)の市営住宅に着くと、日はとっぷりと暮れていた。 自分で服着られぬ 「遅いので心配したけど、私たちなら時間は大丈夫。あすは日曜 だから」。地元の小さな運送会社でトラックの運転士を務めるダン カンさんは、強いスコットランドなまりでこちらを安心させるよう に言った。 妻のマンディーさん(32)、父と同じ名前をもらった長男のケネス ちゃん(5つ)、二男のアンドリューちゃん(4つ)、長女のヘザーちゃん (2つ)も居間で迎えてくれた。 「ケネスは統合運動障害という脳の病気のために、自分で食事を したり、服を着たりできないの」。ほかにも、両足の指が折り重な って痛みを伴うため、二年前に手術を受けた。 ベッドに行こうとせず、飛行機の模型や戦車、トラックなどのお もちゃで無心に遊ぶ子どもたち。ケネスちゃんの足は、術後もなお 指の重なりが残っていた。 「一年七カ月後に生まれたアンドリューも、腸やぼうこうが正常 に機能していないんだ。ぜんそくもあるし…」。ダンカンさんはそ う言って二男を見やった。トイレ訓練を始めて分かった。腸の働き が弱いうえ、ぼうこうのコントロールが利かず、おむつがはずせな い。 ヘザーちゃんは左耳がやや難聴で、尿に血液が混じるという。 夫妻が、子どもの先天性異常とダンカンさんの湾岸戦争体験を結 びつけて考えるようになったのは、二男の異常に気づいた三年ほど 前のことだ。 尿の検査でも検出 十六歳で陸軍に入隊したダンカンさんは、一九九一年の湾岸戦争 ではトレーラーで戦車などの武器を前線近くまで運んだ。戦時や戦 後は、劣化ウラン弾で破壊されたイラクの戦車から自軍の兵器、機 材までサウジアラビアの港まで運搬。六月まで滞在して後始末をした。 中東から帰還した直後から、気管支の異常や関節の痛みが徐々に 始まった。同じ基地に勤務していたマンディーさんと、除隊三カ月 後の九三年五月に結婚し、ダンカンさんの故郷クラックマナンへ。 慢性疲労に悩まされながら運送会社に勤めた。 「自分の体調異変は湾岸戦争が原因だと思っていたよ。カナダの 核化学者に調べてもらった尿検査でも劣化ウランが検出された。で も、まさかそれが子どもにまで影響するなんて考えてもいなかっ た」 将来へ高まる不安 夫の言葉にうなずきながらマンディーさんが言葉を継いだ。「で もね、今から思うと結婚当初からおかしかったのよ。セックスのた びに私は下腹部に燃えるような痛みを覚えて…」 最近になり、同じような体験者をインターネットで知ったという マンディーさん。米国での湾岸戦争退役兵の取材で、何組ものカッ プルから聞いた話である。 九五年、ダンカンさんの勤務先の会社が倒産して家のローンが払 えなくなり、市営住宅に移った。現在の運送会社では以前のように 全国は走らず、近郊回りだけをしている。 「給与と戦争年金を合わせても月額千五百ポンド(約二十四万七 千五百円)程度。今はぎりぎりの生活ができているけど、自分の健 康や子どものことを考えると、将来が不安でね」 ダンカンさんもマンディーさんも、兵士として「国に奉仕」する ことに誇りと生きがいを感じてきた。しかし、障害を持つわが子の 原因を知るにつけ、「国への失望と怒りがこみ上げてくる」と口を そろえる。 「結局、われわれは消耗品でしかなかったのだ」。ダンカンさん の言葉が、米国の湾岸退役兵の言葉と重なり合った。 |