「未来の世代に汚染のない美しい川を残すのは私たちの責務」 と、コロンビア川を見つめるシンディ・ディブルーラーさんと夫の グレッグさん(ホワイトサーモン市) |
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サケ産卵の川床危機 ■ 流域住民、除染を訴え
「最近はイチローや佐々木投手の取材で、日本のメディア関係者 を大勢街で見かけるようになった。でも、ここの事務所を訪ねてく れる記者がいなくてね…」。見るからにエネルギッシュなカーペン ターさんは、冗談を飛ばしながら奥にある自室のいすに腰をかけ た。 首都ワシントンに本部のある非営利団体「政府に説明責任を求め るプロジェクト(GAP)」西海岸支部の代表を務める。 連邦政府や他の国家機関が法に準じた行政を行い、公衆の安全と 健康を守っているか。その監視役として、弁護士らを中心に一九七 七年に設立。九二年の西海岸支部のオープンと同時に「ハンフォー ド核施設の監視を主目的」に、ワシントンからシアトルに移り住ん だ。 「最初のころは、ハンフォードの問題点を公にする内部告発者を 法的に支援するなどの活動を続けてきた。今もその重要性は変わら ない。しかし九〇年代後半からは、専門の科学者を加えてハンフォ ード沿いのコロンビア川の調査にも当たってきた」 カーペンターさんはそう言うと、部屋の片隅の書棚からビデオを 取り出し、そばのビデオデッキにセットした。 九八年秋の調査記録を約二十分に収録したものだ。「ハンフォー ドへの窓」のタイトルには、「川の環境を調べることで、ハンフォ ードの実態が見えてくる」との思いが込められている。 テレビ画面には、小型船に乗り込んだGAPのスタッフでもある 科学者のノーマン・バスキーさん(58)やカーペンターさんら五人 が、兵器用プルトニウム生産のための九基の原子炉が川沿いに並ぶ 辺りで、川床の土壌からサンプルを採る姿が映し出されていた。バ スキーさんは岸辺に下り立ち、自生するクワの木の枝をナイフで切 り取っている。 「クワの木の根は川に達して水を得ている。枝葉や実を調べるこ とで汚染の蓄積度合いが分かるんだ」 一通りビデオを見終えると、カーペンターさんがあらためて説明 してくれた。「このクワにはキロ当たり三万二千ピコキュリーのス トロンチウム90が含まれていた。水にはリットル当たり六千ピコキ ュリー。ワシントン州の上水の線量限度の実に七百五十倍。半減期 も二十九年と長い。体内に入ると骨などにたまってがんなどを誘発 する」 すでに二十年近くハンフォードの環境調査を続けるバスキーさん は、九〇年にクワの実で「放射性物質入りジャム」を作り、エネル ギー長官とワシントン州知事に「警告」を込めて瓶詰めジャムを送 りつけたこともあった。そのときの放射線量より、八年後の方が四 倍も高かったという。 カナダのブリティッシュコロンビアを源流にする全長約千九百キ ロの巨大なコロンビア川は、八十キロに及ぶハンフォード核施設沿 いを過ぎると間もなく、ワシントン州とオレゴン州の州境をなしな がら太平洋へと流れる。 流域に住む先住民の一つの部族の名前にちなんだ「チーヌックサ ーモン(キングサーモン)」は、秋になると五百キロもコロンビア 川を遡上(そじょう)し、原子炉が並ぶ川床で産卵するのだ。 「エネルギー省は原子炉周辺の汚染土壌を十六フィート(約五メ ートル)まで掘り起こして新しい土を入れ、表層だけをきれいにし ている。しかし税金を何十億ドル使っても、これでは汚染が止まら ないことを事実が証明している」。危険なのは放射性物質だけではない。硝酸塩や重金属で発がん性 の強い六価クロムなども検出されている。 「サーモンは産卵から稚魚に成長して海洋へ下るまでに六〜八週 間、ハンフォード流域で過ごしている。生涯そこに棲息(せいそく)する魚ほどではなくても、放射性物質や化学物質による悪影響は無視 しえない」 冷戦時代のフル操業時には、原子炉を冷却した放射線レベルの高 い一次冷却水が大量にコロンビア川へ投棄されてきた。カーペンタ ーさんらが情報公開法で入手した原子力委員会(現エネルギー省) の五四年の資料には、一日八千キュリー(二百九十六テラベクレ ル)とある。そして今後、「放射線量は五〜十倍に増えるだろう」 と予測していた。 「仮に五倍の増加だとしても年間約千五百万キュリー(五十五万 五千テラベクレル)。わずか一年でチェルノブイリ原発事故時の放 出量(約百八十五万テラベクレル)の30%にも達していたことにな る。驚くべき数値だよ」 意図的にヨウ素131などを大気中に放出し、その影響を調べた 「グリーンラン実験」を含め、こうした行為のすべてが「安全保 障」の名の下、秘密裏に行われてきた。 ロシアの核施設周辺住民と交流を続けるカーペンターさんは、厳 しい口調で自国政府を批判する。「確かに旧ソ連の核施設や周辺の 汚染状況もひどい。しかし国民に何も知らせず、共産主義の秘密性 を非難してきたアメリカ政府のやってきたことも、秘密という点で は何ら変わらない」と。 ハンフォードから三百キロ足らずの地にあるワシントン州の小さ な町ホワイトサーモン市。人口約二千人のその町の河畔のホテル で、草の根市民でつくる「コロンビア川キーパー」代表のシンディ ・ディブルーラーさん(52)と、会の技術コンサルタントを務める夫 のグレッグさん(50)に会った。 「ハンフォードによる汚染の影響を最も受けているのは、流域に 住む約一万人の先住民よ。彼らは毎日のように川魚を食べるし、川 は生活の一部だから…」とシンディさん。 夫妻は八三年に「ハワイよりも最適のスポット」というボードセ ーリングのビジネスのためにシアトルから移り住んだ。それをきっ かけに、先住民との交流も生まれた。 「交流を続けるうちに、奇形の魚の話を聞いたり、甲状腺障害や 白血病など病気を抱える先住民が多いことに気づいた。ハンフォー ドや放射線のことに目を向けるようになったのはそれがきっかけな んだ」。グレッグさんが、そばから言い添えた。 六二年には、コロンビア川の河口や太平洋岸にまで広がったスト ロンチウム90などによる貝や魚の放射能汚染に抗議して、オレゴン 州衛生局が原子炉の閉鎖を求めた過去の事実も知るようになったと いう。 そんな調査を進めていた八九年、今度は老朽化した原子力潜水艦 から取り出された原子炉が、埋蔵のために台船でハンフォードへ初 めて運ばれた。 「先住民をはじめ、ハンフォード下流に住む約三百万人のほとん どは、未来の世代のためにも、コロンビア川の自然環境を守りたい と考えている。それに反して『もう一度生産活動を』と願っている のは、核施設で何十年も働いてきたリッチランドやケネウィックの 住民ぐらいよ」 「そう、特にリッチランドはね」と、グレッグさんはシンディさ んの言葉を引き取って続けた。 「人口約三万七千人のあの町には、科学者や技術者が大勢住んで いる。彼らは除染作業は『女々しい女性の仕事』とぐらいに思って いる。核物質の生産を通じて国家の安全に貢献する『栄光の仕事』 がしたい。時代錯誤な、そんな考えから抜け出せないのだよ」 会では、シアトルのいくつかのハンフォード監視団体と協力し て、市民助言委員会などを通じて核施設内の抜本的な除染対策を求 めている。 「軍事増強に熱心なブッシュ政権は、除染対策には不熱心。州政 府とも協力しながら、除染作業が後退しないようにもっと声を上げ ていかなければ…」 夫妻の言葉には、自然との共生を何よりも大切にしようとする多 くの流域住民の願いがこもっていた。 |
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