高爆薬実験などが行われている「サイト300」(トレーシー市 郊外) |
「ここで通常値の1000倍のプルトニウムが検出された」と、 ビッグ・ツリーズ公園に立つルネイ・スタインハウアさん。奥に見 えるのは小学校(リバモア市) |
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汚染物質 住宅街へ ■ 住民ら危機感強める
サンフランシスコ市から東へ約七十キロ。ニューメキシコ州のロ スアラモス国立研究所に次いで、核兵器の研究開発を目的に一九五 二年に設立されたリバモア研究所は、なだらかな丘に囲まれた市の 東部にあった。 研究所設立当初は、周辺に牧場やブドウ畑が広がっていたとい う。が、今では宅地開発が進み、研究所の通り一つを隔てて住宅街 に変わっていた。 「その研究所の敷地全体が、八七年に連邦環境保護局の『スーパ ーファンド・サイト』に指定された。土壌などが一番汚染された区 域という意味よ」 研究所に隣接する道路に入ると、敷地内には金網越しに数え切れ ないほどのパイプが、地表から一メートルほど出ていた。「みんな 汚染モニター用の井戸のパイプ。自分でも随分掘ったわ」 地層や化学に詳しいモレットさんは、九〇年から掘削専門の男性 二人とチームを組み、約六平方キロの敷地内のあらゆる場所でモニ ター井戸を掘り、汚染された土壌や水のサンプルを採取。分析のた め近隣の複数の研究所に送っていたという。 「最初は揮発油など溶剤に使われた化学汚染物質ばかりだと思っ ていた。でも、仕事をしているうちに、クロムなどの金属物質やト リチウム(三重水素)などの放射性物質まで含まれていることが分 かってきた」 半減期十二年半のトリチウムは、水素爆弾の核融合をもたらすう えで不可欠の物質である。実験室などで使用されたトリチウムは、 いったん外に出てしまうとガス状のために封じ込めることができ ず、周辺の水や植物、土壌などに溶け込んでしまう。そして直接あ るいは食物連鎖によって、人間の体内にも取り込まれる。 トリチウムを含んだ汚染物質は、研究所敷地内の地下水に浸透 し、すでに住宅地の下層にまで拡散。そのまま放置すると、やがて リバモア市の上水用井戸にまで達してしまうと言われている。 彼女が九一年、わずか三年足らずの勤務でリバモア研究所を辞し た直接の原因は、サンプル採取作業を通じて知らない間に自ら被曝していた事実だった。 モレットさんらはあるとき、多くの人たちが働く建物の下を掘り 進み、汚染サンプルを採っていた。三日間の作業を終えた直後のこ とだった。古参の作業員が彼女に近づいて来て言った。「きみたち は放射性物質が投棄された地下を掘っていたのを知っているか」 事実を知らなかったモレットさんは、驚きを隠せなかった。 「もし本当なら、なぜ作業前に教えてくれないのか。なぜ防護マ スクや防護服が支給されないのか…」 「防護服を着て作業をすると、建物内にいる者に不安を与えるか らだ。当局は彼らが働いているビルの下に、放射性廃棄物が投棄さ れていることなど知ってもらいたくないのだ」 「どんな種類の放射性物質なのか」 「プルトニウムなど核兵器開発の過程で使われたすべての放射性 物質が含まれている」 古参の作業員は、知らずに被曝しているモレットさんらを不憫(ふびん)に思って事実を伝えたのだという。 彼女はその後、みずから事実関係を調査した。やはりその通りだ った。「五〇年代から六〇年代にかけて地下に投棄されたらしい。 でも、全体の量などについては資料が見つからないので分からな い」 リバモア研究所では、エネルギー省に提出した研究目的とはまっ たく無関係な個人的関心事に多額の研究費を流用するなど、「いく つもの上司らの不正行為を目撃した」と言うモレットさん。こうし た行為を見かねていた彼女の怒りは、被曝の一件で頂点に達した。 そして事実を内部告発した後、身分証明カードなどをゲートに置い てそのまま研究所を去った。 「一カ月に三千ものサンプルをつくっていた。その間に自分がど れだけ被曝したかなんて線量計を持っていなかったから分からな い。大丈夫だと思うしかないじゃない…」 「われわれは研究所から大気中に放出されるトリチウムなどの放 射性物質で被曝しているのは間違いない」。モレットさんの紹介で 会ったリバモア在住の私立探偵ルネイ・スタインハウアさん(63) は、恰幅(かっぷく)のいい体格に似合わぬソフトな口調で言っ た。 平和・環境問題に取り組む地元の市民団体のメンバーとして、ボ ランティア活動を続ける。自宅の前庭には「軍縮を実現させる議員 を選ぼう」との黄色い看板が立っていた。 「実は九四年には小学校のすぐそばの公園で、かつての大気圏核 実験の影響で検出される値より千倍も高いプルトニウムが見つかっ たんだ」 スタインハウアさんにその公園へ案内してもらった。リバモア研 究所から西へわずか四百メートル。住宅街にあるその公園は「ビッ グツリーズ」の名の通り、大木が空に伸び、その向こうに小学校の 建物が見えていた。 「猛毒のプルトニウムが、子どもたちの遊び場にあるなんて信じ られるかい…」 研究所から出たプルトニウムを含む放射性スラッジ(汚泥状の廃 物)が、「肥料用」にとだれかによって公園の木の周りにばらまか れたとの疑いがもたれている。しかも、異常に高いプルトニウムが 検出されながら、その後も三十〜六十センチの土がその上に盛られて放 置されていたというのだ。 「その盛り土が夜中にだれかの手で取り除かれ、どこかへ運ばれ たのは数年後のこと。今でもまだ完全にプルトニウムがなくなった わけではない。研究所では『なぜそんなことが起きたのか分からな い』と、責任を取ろうともしない」 カリフォルニア州衛生局は九五年、国勢調査やがん登録などを基 に、六〇年から九一年の期間を取り、同じアラメダ郡にあるリバモ ア市と、その他の市のゼロ歳から二十四歳までの若年層を対象にが んの疫学調査を行い、結果を公表した。 「汚染源はリバモア研究所のメーンサイトだけではない。ここか ら東へ十二マイル(十九・二キロ)の所にある研究所付属の実験場 だって、九〇年にはスーパーファンド・サイトに指定されているんだ」。彼の案内で、山あいのくねった道を縫いながら現地を訪ねてみ た。「サイト300」と名づけられた実験場の広さは、約三十平方 キロ。五五年以来、新しい原爆や水爆開発に必要な高爆薬物質の実 験などが繰り返されてきた。 劣化ウラン、プルトニウム、トリチウム、鉛などの重金属…。そ れらが爆発実験で大気に放出されるだけでなく、使用済みの破片な どが敷地内の溝に捨てられ、土壌や地下水を広範囲に汚染している のだ。 「近くにはトレーシーという町がある。宅地開発で住宅が『サイ ト300』に近づいている。家が建ってしまってからではもう遅い …」 危機感を募らせるスタインハウアさんは、トレーシー在住の市民 グループの仲間とともに、地元議会や住民らに汚染実態を知らせる 活動を強めている。 |
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