第2部 自治体の課題 | |
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1.米艦船寄港 |
米国のトーマス・フォーリー駐日大使が二月下旬、広島訪問の日 程を終えた後、平和行政を担当する広島市職員は漏らした。「艦船 寄港が大使の口から出なくてよかった。事態が一気に動き出したか もしれない」 昨秋、境港に駆逐艦 大使の広島訪問にも同行したロバート・ルーダン駐大阪総領事は 昨年十二月、広島市内で開かれた広島日米協会の講演会で「広島と 神戸に米軍の艦船を寄港できるよう希望する」と明言した。広島県 が管理する広島港には艦船の入港が可能な一万トンバースがある。 全国の民間港に、米艦船が「親善」や「補給」を目的に入港する ケースが増える中、中国地方では昨年十月、境港に米軍駆逐艦が初 入港した。ルーダン総領事も、自ら現地入りして準備や対応に当た った。 それに続く動きと言える「広島寄港発言」。実は、米国側の希望 が伝えられたのはこの日の講演が初めてではなかった。秋ごろ非公 式情報で県と市に伝わり、関係者で急いで対応を協議。具体的な話 に進まなかった経緯もあった。
広島市「歓迎せず」 総領事の発言に、港湾管理者の藤田雄山知事は寄港の是非につい ては明快な姿勢を示さなかった。だが、市は敏感に反応する。市議 会の十二月定例会での一般質問。川口弘幸市民局次長は「被爆者や 市民の感情を考慮すると、寄港を歓迎する状況にない」と答弁し、 寄港を拒否したい意向をにじませた。 秋葉忠利市長も一月の定例会見で、答弁の趣旨を再確認。「大使 が広島に来られる際、正式に話があれば具体的に対応を考えたい」 と述べる。だが、広島入りした大使は寄港問題には触れずじまい。 県や市が米国側の本音を水面下で探る状況はなお続いている。 米艦船を歓迎しない根拠となる市民感情とは―。「これまでの経 験から言えば、政治的な立場にかかわらず戦争につながる兵器など は見たくないというのが、被爆者の率直な心情でしょう。核兵器搭 載可能な米軍艦船ならばなおさら」。原爆被害対策部長も務めた広 島市の三宅吉彦市民局長は代弁する。 「そうした感情は米国側に十分、伝わるはず」 86年から寄港続く だが、日米地位協定により、民間港は地元自治体の意向にかかわ らず、通告だけで使うことは可能だ。各地の民間港入港も、すべて 地位協定が適用され、寄港するかどうかは、実際には米軍の腹一つ なのだ。 現に被爆地・長崎市の県営長崎港では、八六年から米艦船の寄港 が毎年のように続いている。しかも、これまでは佐世保など在日米 軍の艦船だったが、二月中旬には米国カリフォルニア州を母港とす るミサイル駆逐艦が本土から初めて入港。被爆者団体も抗議した。 長崎県は今回、外務省ではなく米国福岡領事館に直接、入港回避 を要請。寄港を容認してきた長崎市も入港回避を求め、初めて県と 市の足並みがそろった。だが、結局は、予定通りの着岸が実行され た。 「米軍艦船が来るなんてもってのほか。動きがあればすぐ抗議に 立つ。だから、市や県も頑張ってほしい」。広島県被団協の坪井直 事務局長は期待する。だが、広島寄港が表面化した場合、広島市が よりどころとする「被爆地の市民感情」がどの程度、米側の判断材 料になるかは不透明である。 |