中国新聞社


'98/7/29

柱の下の少女にわびつつ

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人目を忍んで涌き続ける広島市安佐北区の福王寺の霊水。病気やけがにも効能があるという
 六年前の夏、広島市安佐北区可部東二丁目の明賀旭真さん(69)は、知人でもある福王寺(安佐北区可部町)の住職を訪ねた。壊れかけた石畳の参道を上り切った直後、息を切らしながら口にした水に、霊的な加護を感じたという。

 「生き返った…。この水なら、自分の過去を清算できるかもしれない」。そんな矢先、広島市原爆被爆者協議会から、平和記念式典での献水依頼がきた。「こんな巡り合わせもあるんですね」。五十三年前の隠し通したい「あの出来事」を思い出さずにはいられなかった。

 学徒動員で南区向洋へ向かう途中、明賀さんは御幸橋のたもとで被爆した。炎から逃げる中、柱の下敷きになった少女を見つけたが、焼かれる姿を正視できず、置き去りにするほかなかった。教師の道を歩んだが、その負い目から、被爆の事実を生徒たちには話せなかった。同じ被爆者である妻にも、御幸橋の出来事だけは、固く口を閉ざしていた。

 古くから「霊水」として親しまれる福王寺の湧(わ)き水を使った、明賀さんの献水は、今年で四回目になる。水をささげる度に、少女の叫びを思い出す。「いつまでも後ろを向いているわけにはいかない」。明賀さんは、あらためて自分に言い聞かせる。
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献水
 
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