'98/7/27 |
老人に水を…今も胸に
先代住職の弟佐藤普門さん(68)は、「あの日」の三滝寺を知る数少ない一人である。廿日市市平良にあった造船所に疎開していたため、運良く熱閃(せん)を逃れた。四時間後。寺に戻るころには、炎につつまれた三滝山を大粒の黒い雨が襲った。 滝のそばには、やけどに苦しみながら、のどの乾きに耐える一人の老人がいた。「医師はもちろん、薬もない。水を飲ませていいかどうか相談できず、放っておくより仕方がなかった」。その老人を次に見たのは、三滝橋のたもとで力尽きた哀れな姿でだった。 毎年八月六日。三滝寺では、犠牲者をしのんで「流水塔婆供養」を営む。本堂裏の滝から酌んだ水を無縁墓地や多宝塔、本堂と供えて回る。「あの日、水を飲ませてあげていれば…」。佐藤さんは、今年もまた死没者の霊を弔う。
原爆で身を焼かれた人々が、最期まで求めた水。今年も平和記念式典では、広島市内十六カ所から寄せられた清水が、原爆慰霊碑にささげられる。その清水を訪ねた。
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