広島の惨劇から53年たったいま、国家相互の不信感は依然として根強く、世界は新た
な危機に直面するに至った。
インド、そしてパキスタンの相次ぐ核実験強行によって、南西アジアの緊張は極度に高
まり、核拡散防止体制は根底から揺らいだ。核兵器の非人道性を一貫して世界に訴え、そ
の廃絶を求め続けてきたヒロシマは、両国の核実験に激しい憤りを覚えるとともに、これ
が核軍備競争の連鎖反応を誘発することを懸念する。
このような事態を招いた背景には、核保有5か国が核抑止論に固執し、核拡散防止条約
で義務づけられた核軍縮が遅々として進んでいない現実がある。核保有国の指導者は、国
益のみならず、人類の未来に思いを馳せて、一刻も早く国際社会に対する責任を果たさな
ければならない。
人類は、今こそ新たな英知と行動を求められている。世界各国は、先年、国際司法裁判
所が示した勧告的意見の精神に沿って、核兵器廃絶への一段階として、核兵器使用禁止条
約の締結交渉を直ちに開始すべきである。
私たちは、史上初の被爆体験を持つ日本の政府が、世界の先頭に立って、すべての核保
有国に対し、核兵器廃絶への実効ある行動を起こすよう強く要請する。同時に、私たち国
民一人ひとりも、核兵器に頼らぬ安全保障の方策を真剣に考えねばならないと思う。
地球上には、今日、核実験などによる多くの被害者が存在する。この事実をヒロシマと
重ね合わせるとき、核時代を生きる私たちの課題がみえてくる。ヒロシマは、国家を超え
て都市・市民の連帯の輪を広げ、そのネットワークによって国際政治を動かし、核兵器の
ない世界を実現させたい。
これまでにもヒロシマは、草の根交流、国の内外でのさまざまな原爆展、世界平和連帯
都市市長会議などを通じて、平和を築く国際世論の醸成に努めてきた。そして、今春、広
島平和研究所を設立し、国際社会の未来を切り開くための活動を開始した。それらはすべ
て「平和首都」を目指すヒロシマの意志の表われである。
「何人も、生存、自由、および身体の安全を享有する権利を有する」―『世界人権宣
言』が定められて50年、人類を破滅へと導く核兵器の現状をみるとき、私たちは改めて
科学技術文明のあり方を問い直すとともに、思いを新たにして、何よりも人間の生きる権
利を優先させる国際社会をつくってゆかねばならない。
本日、53回目の平和記念日を迎えて、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げる。
併せて、内外の被爆者に対し、実態に即した、心のかよった援護を求める。
すべての国家が、自国の安全を核戦力に依存する愚かさから一日も早く脱却するよう、
私たちは、核兵器否定の精神を胸に行動していく決意を表明する。
平成10年(1998年)8月6日
広島市長 平 岡 敬
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