印パ対立の構図は(3)
'98/6/4
▽影落とす国家至上主義
インドが核実験を行ったのは、世界の核体制への批判、核保有国中国への警戒、パキスタンの核・ミサイル開発への反発などの要因があるが、多分それ以上に国内要因が大きいだろう。バジパイ政権の中核をなすインド人民党(BJP)は、ヒンズー・ナショナリズムによるインド統一を唱える右派政党である。二十党からなる連立政権の安定を図るため、国民的コンセンサスがある「核のオプション」を行使して行動力を誇示し、ナショナリズムを喚起したのである。
大東文化大教授
広瀬 崇子さんひろせ・たかこ ロンドン大学博士号。90年から現職。南アジア政治専攻。経済企画庁国民生活審議会委員など歴任。編著に「イスラーム諸国の民主化と民族問題」など。49歳。 一方、パキスタンの実験は「インドへの対抗」の一言に尽きる。政権基盤はインドよりもさらに弱い。核実験を実施しなければ、国民の支持を失っただろう。
こうした両国のきっこうは、ヒンズーとムスリム(イスラム教徒)との宿命的宗教対立だと短絡的に考えると見誤る。インドは政教分離国家、パキスタンはムスリム国家として英国領から分離独立した。その際、両国間で千五百万人が国境を越えて移動し、暴動などで百万人が死んだとされる。近親者が殺された恨みを人々は忘れてはいない。
難しい2国の仲裁
したがって、ムスリムが多数を占めるカシミールの領有をめぐる争いは、この地域を印パどちらに帰属させるにしても、それぞれのアイデンティティー、国家の存亡が問われる重大な問題となる。だからこそ、半世紀にわたって紛争が続いてきた。パキスタンは国連などの仲裁に期待するだろうが、インドが「二国間の問題。第三国には介入させない」との主張を曲げるとは思えない。日本が仲裁を唱えても、まず無理であろう。
紛争の全面激化が「絶対ない」とは言い切れない。お互いに交渉姿勢は見せているものの、ここまで国内世論が高まると、両国とも妥協は許される状況ではない。いったん戦火を交えれば、核抑止が機能するかどうか。特に、インドの約半分の軍備水準のパキスタンは、核を使いたい誘惑にかられる恐れがある。
核管理の再構築を
この際、カシミール問題は切り離し、印パを交えた核管理体制を再構築する努力が必要ではないか。核を放棄して核拡散防止条約(NPT)に無条件で加盟しろというのでは印パは納得しない。核大国や日本は印パの意見にも耳を傾け、核軍縮さらには核兵器廃絶への道筋を真剣に討議すべきである。インドに具体的なプログラムを示させてもよい。
経済制裁の効果は期待できない。両国とも覚悟の上での実験であろうし、制裁を解除するからNPTに加盟しろと迫っても、彼らのプライドが許さないだろう。特に、パキスタンが孤立を深めれば、他のイスラム諸国が援助を条件にパキスタンから核技術を引き出す危険性も高まりかねない。
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