中国新聞社

アジア核状況の変化は(2)

'98/6/3

▽中東・北朝鮮へ波及懸念

東海大教授・元外務省原子力課長
金子 熊夫氏
かねこ・くまお 外務省原子力課長、環太平洋協力日本委員会事務局長などを経て、89年から現職。核軍縮・原子力外交研究会会長。著書に「日本の核、アジアの核」など。61歳。
 インドが核実験を強行した五月十一日という日付けに大きな意味がある。核拡散防止条約(NPT)の再検討会議の準備会が八日に何の進展もなく終わった。核五大国に「核廃絶のタイムテーブルを示せ」と迫ったインドの主張は入れられなかったわけで、それが直接の引き金になった。

 四月にはパキスタンが中国や朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の技術援助で、ミサイル「ガウリ」を完成させていた。核オプションを政権綱領に盛り込み発足した直後のバジパイ政権にとって無視できない。そうした中での準備会の不調。今なら核実験を実施しても非同盟諸国から比較的理解を得やすいとの判断が働いたとみる。

 実験の遠因には中国の脅威もある。インドの科学技術の水準は高い。植民地時代に英国で学び、原爆開発のマンハッタン計画にも参加した学者もいる。能力がありながら中国に遅れを取るのは安全保障、プライドから我慢できない。だから中国の核武装を公認したNPTの不平等性を強く指摘し続けてきたわけだ。

 使用の危険性再び

 紛争当事国が核兵器を持つ大きな意味は、核が抑止力ではなく使用の危険性がある兵器として再登場してきたことにある。さらに核開発の連鎖反応も大きい。パキスタンの核実験でイスラム圏への拡散が懸念される。もともとパキスタンの核開発はイスラム諸国の金銭援助で始まった。イラク、イランが危ない。イラクは国連の監視下で核開発施設を廃棄したが、六カ月で復元できる。

 となると、黙っていないのが核弾頭を百発持つといわれるイスラエルだ。パキスタンの核が中東に流れることに危機感を抱いたイスラエルが、直接パキスタンに先制攻撃をかける可能性さえある。

 もう一つは北朝鮮への拡散。「ガウリ」の見返りに、パキスタンから核兵器の技術が流れる可能性もある。軽水炉建設が、韓国の経済情勢の悪化などで進んでいない。原発完成まで重油を送るという米国の約束も滞っている。国際的に孤立する閉塞した情勢の下で核カード選択の恐れも否定しきれない。

 北朝鮮の緊張は、日本の安全保障に直接脅威を与える。日本としては北朝鮮が核カードを選択するような孤立感を深めないよう外交努力を積み重ねる一方、北東アジアに非核地帯をつくる取り組みを真剣に始めなければならない。

 広島主導で行動を

 米国追随の政府に頼っていては何もできない。南太平洋の非核化を定めたラロトンガ条約は、NGO(非政府組織)主導で作られ、後から政府が入って立派な条約になった。広島、長崎が中心となり外務省OBや核軍縮専門家を集めた研究会を発足させ、アイデアを出し条約案まで作る。そうした国際政治に通用する提言をまとめ上げることが被爆地の役割ではないか。



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