同居取材先のナージャ(72)の家に、いつものように三男のセルゲイ(33)がやって来た。働いていないので暇をもてあましているようだ。ナージャが声をかけると、そそくさと雪かきを始める。それもつかの間、庭の犬をからかい始めた。
ナージャは困った顔をして、なぜか、こっちに大声で話しかけてくる。「仕事は好きか? 一生懸命働くんだよ」
▽昼間から飲酒
ベラルーシ南部の小さなグバレービッチ村。村では比較的若い三十、四十歳代の人たちについてナージャは「(セルゲイのように)村人が捨てた空き家に、いつの間にか住み着いた。ぶらぶらして酒ばかり飲んでいる」と愚痴をこぼす。
確かに、この村を歩き回ると、白昼から酒くさい男たちに出会う。職業を聞くと、何らかの答えは返ってくる。車の整備士、運転手…。「じゃ、なぜ昼間から、こんなところで酒を飲んでいるの」。そう聞きたかったのだが、同行する通訳は訳してくれなかった。
別の日、カメラを持って歩いていると、記念写真をせがまれた。「はいチーズ」。なぜかその輪に加わらない男がいる。遠目にみていたナージャが「あの男には犯罪歴があるんだよ」と軽挙をたしなめた。真偽は不明だ。
放射能汚染の深刻なベラルーシ南部では、国が復興政策として集団農場などで働く移住者にアパートを提供している。給料も割高だ。それでもあえて、「死の灰」を浴びた村に流れ着く者は、定職を求めなかったり、何らかの事情を抱えていたりする、とも指摘される。
「彼らに言ってやるんだよ。一生懸命働かないと、私みたいにたくさん年金をもらえないとね」。ナージャの年金は日本円で月約二万円。平均より七、八割多い。道路の舗装や貨車の荷降ろしなど掛け持ちで働いたおかげだという。奥のたんすから大事そうに、レーニンの肖像画が描かれた勤労表彰状を持ってきて見せてくれる。晴れがましい笑顔だった。
「ヒトラーのように厳しく、家族には働くことを命じた」。ナージャには息子が三人いる。長男のイーゴル(47)は、ベーリング海峡を挟んでアラスカを望むロシア極東の街で裁判官をしている。「海の向こうからアメリカ人の声がするらしいよ」とナージャが言うので、「そんなはずない」と笑った。
▽「困った子だ」
イーゴルは、欠かさず仕送りをしてくれる自慢の息子だ。しかし、近くの街ホイニキに住む電気工の二男ユーラ(43)や、三男セルゲイについては「困った子だよ」と顔をしかめる。
ある日、ユーラが「日本人を見たい」と車を飛ばして村にやって来た。昼間から酔っぱらった二男を見たナージャは「この酒飲みが」と頭をポカポカ殴った。「母さん、日本人の客の前でやめてくれよ」。哀願するのもむなしく、さらに力を込めてナージャはたたく。
そんな気丈なナージャも、同居する孫(15)の将来は気にかかる。「いい子なんだよ。できることをしてやりたいんだ」。そう言うと、医者からもらった薬を取り出した。時々、心臓が痛むらしい。「あんたら放射線測定器を持っているんだろ。孫から聞いたよ。私は全然興味ないけど、孫がねえ」とつぶやく。
三男のセルゲイは結局、ナージャの家で夕飯も食べた。食後、息子やその友達とトランプに興じる姿に、「しっかりしなよ」と言いたくなった。母親をはじめ、そんな周囲の思いも知らず、「勝ったぞ」とウインクして見せる。ため息が漏れた。<敬称略>(滝川裕樹、写真も)
【写真説明】「頼りないけど、やっぱりわが子はかわいいのさ」。ユーラ(中)やセルゲイ(左)の世話を焼くナージャ
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