中国新聞



2001/7/30

ロシア政策研究センター理事長
ローランド・ティメルバエフさん (73)
■国際連携強め米に訴え
軍拡競争の再燃懸念も
〈プロフィル〉モスクワ外交アカデミーで博士号取得。1992年までソ連・ロシア外務省に勤務。国連大使などを歴任し、核問題専門家として核拡散防止条約(NPT)条約、ABM条約などの交渉に当たる。
 

 ―広島平和研究所主催の国際シンポジウムに、パネリストとして参加されての印象は?

 広島市民らのフロアからの発言に正直、勇気を与えられた。というのも、これまで積み上げた米ロ間、あるいは多国間の核軍縮交渉の枠組みを崩しかねない米ブッシュ政権の米本土ミサイル防衛(NMD)構想などに反対する日本の声が、モスクワにまったく届いていないからだ。

 ―戦域ミサイル防衛(TMD)について日米共同研究を進め、NMDについても米政府に理解を示す日本政府の立場しか伝わっていないと…。

 その通りだ。確かに日本政府は包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効や核拡散防止条約(NPT)強化のために、これまで国際社会の中で積極的な役割を果たしてきた。

 しかし、NMDの配備が、CTBTの早期発効やNPTの強化と矛盾することに気づいていない。あるいは気づいていても米国への遠慮からか、声を挙げない。でも、そのことに強い危機感を示し、自国政府に反対の立場を取るように迫る多くの市民がいることを実感できた。帰国したら広島での体験を文章にしたいと思っている。

 ▼米責任果たさず

 ―ソ連時代の一九八六年、当時のゴルバチョフ書記長は、二十世紀中の核兵器の全廃を提案しました。その計画案策定に参加されたそうですね。

 そう。当時はまだ米ソ冷戦構造が続いており、とても勇気のいる提案だった。今では感情的とも言えるその提案の背景には「核軍拡競争の悪循環から抜け出したい」とのゴルバチョフ氏の強い願いが込められていた。私もそうありたいと願った。膨大な軍事費が市民社会の発展を阻害していることを書記長はよく理解していた。

 ―核兵器廃絶を訴え続けてきた被爆地の市民はむろん、世界中の多くの人々がその提案を歓迎しました。が、残念ながらそれは実現しませんでした。なぜでしょう。

 ソ連(ロシア)にはその用意があった。米ソ冷戦終結後、九〇年代半ばまでは第一次・第二次戦略兵器削減条約(START1・2)の締結など米ロ間の核軍縮交渉は比較的順調に進んだ。しかし、それ以後は世界で唯一の超大国となった米国が、必ずしもその責任を果たしてこなかった。直接的な軍事的脅威ではないが、米主導の北大西洋条約機構(NATO)の拡大や九九年のコソボ紛争なども影を落としている。

 ▼廃絶が一番安全

 ―戦略核弾頭や大陸間弾道ミサイル(ICBM)など古くなった戦略兵器の大幅削減は、財政難にあえぐロシアにとって極めて合理的な選択ではないですか。

 その通りだ。現在ロシアには戦略核弾頭が約六千発、米国には約七千発ある。プーチン大統領はそれを七年間で千五百発ないしそれ以下にしたいと米国に提案している。

 しかし、ロシアが既に批准しているCTBTからの脱退を示唆したり、NMDを配備して弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約を一方的に破棄するような行動を取れば、軍縮どころか軍拡競争の再燃さえ招きかねない。それはロシアにとっても国際社会にとっても大きな不幸だ。

 ―防止するための方策は?

 ロシアだけではできない。米国と同盟を結ぶ日本やドイツ、英国、カナダ政府などからのブッシュ政権への強い働きかけが必要だ。NMDの配備ではなく、核兵器をゼロにするのが一番安全な選択である。被爆地で聞いた声を、国際社会の良識の声として米国はもとより世界に訴えなければいけない。

21世紀 岐路に立つ軍縮