2000・2・16
「安全文化」浸透せず 原子力安全委員会は、原子力船「むつ」の放射線漏れ事故(一九七四年九月)を機に、原子力委員会から安全確保機能を分離する形で、七八年に発足した。以来、五人の委員が原子力安全行政のかなめ役を担ってきた。しかし東海村臨界事故では、ジェー・シー・オー(JCO)の違法操業をチェックすることはできなかった。 ■社会的責任の自覚 「結果責任から逃れられないと認識している。しかし、今回発覚したことは、ずさんというより、意図的な違反行為。規制だけで果たして根絶できるのか、頭の痛い問題だ。必要なら、規制を厳しくするけど、それだけでは問題は解決しない。一番大切なのは、当事者の社会的責任の自覚だ。安全確保の第一義的責任は事業者にある。自覚や最低限の倫理を高めていかないと、抜本的解決にはならない思う」 八六年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故では、被害が国境を越えて広がった。国際原子力機関(IAEA)が調査し、運転員が制御棒の一部を常に炉心に入れておく義務を守らなかったなど、規則違反があったことが分かった。効率性と経済性を、安全性より優先する旧ソ連の基本姿勢が大事故を招いた―との教訓から、IAEAは安全確保を最優先する「安全文化」という理念を打ち出した。 「事故後にJCOを訪れた時、社長と東海事業所長に『安全文化について聞いたことがあるか』と尋ねてみた。二人とも全く返事がなかった。われわれは、ことあるごとに『安全文化』の必要性を強調してきたつもりだった。しかしJCOには、その訴えが届いていなかった。それでも、今後何回も強調していきたい」 ■チェック機能不全 東海村臨界事故では、原子力安全委員会の在り方も問題点として浮かび上がった。原子力利用のチェック役の安全委は首相の諮問機関で、組織上は総理府に置かれているが、事務局は、原子力利用を推進する科学技術庁にある。ブレーキとアクセルが混然一体になって、チェック機能が十分発揮できない、との批判が各方面から出ている。 「時々、『科学技術庁内原子力安全委員会』というあて名の手紙が届く。見るたびにムカッとする。科技庁が今、事務局を担当しているのは確かだ。監視すべき対象なのに、との批判がある。行政とは一線を画すよう努めてきたつもりだが、批判ももっともだと思う」 ■来年には100人体制 「四月からは事務局も総理府に移って、独立性が目に見える形になる。さらに来年一月の省庁再編で、内閣府に移り、独立した事務局ができる。人数も今は二十人で、残念ながら手が回りかねないところが確かにあったが、四月に九十人規模になり、来年一月には百人体制になる予定だ」 原子力安全委の権限を強化すべきだとの指摘もある。三千人近い常勤スタッフを抱え、原子力発電所の許認可などを行っている米国の原子力規制委員会(NRC)の権限の強さがよく引き合いに出される。 「原子力安全委員会の法的位置付けは、意見を述べる機関で、NRCのように自ら執行する機関ではない。単純な比較は適当かどうか疑問だ。もしNRCのように権限の強い執行機関にするとすれば、われわれと省庁が今行っている二重の安全審査がなくなるなど、かなり大きな変革になる。それぞれに一長一短があり、短所をどう補うかなど、慎重に議論しないといけないと思っている」 |