中国新聞社

2000・2・15

被曝と人間第2部臨界事故の土壌[5]        
科学技術総括政務次官 斉藤 鉄夫

 

 

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さいとう・てつお 衆院議員(比例中国)。当選2回。公明党副幹事長。東京工業大大学院の修士課程(応用物理学)を修了し、清水建設に入社。主に、放射線遮へい設計の研究に携わった。島根県羽須美村出身。48歳。

    科技庁の主管官庁としての責任は

 

性善説での規制限界

 臨界事故は一九五〇〜六〇年代、米国や旧ソ連の軍事施設などで相次いだ。当時は、まだ「臨界」の仕組みがよく分かっていなかった。いわば、草創期特有の事故のはずだった。その後、防止策が見つかったこともあり、「臨界事故は起き得ない」と科学技術庁は高をくくっていたのではないか。

 ■規定必要ない事故

 「けしからんと言われれば、確かにその通りだ。でも、『なぜ、そこまで安全規制で考えていなかったのか』と言われても、正直に言えば、『そこまで考える必要はない』という判断が事故前は常識だった。だから、そこを突かれると何とも反論できない」

 「国会議員になる前、私は建設会社で放射線の遮へい設計をしていた。(一九七四年に)放射線漏れを起こした原子力船『むつ』の改修設計が、就職して初めての仕事だった。それだけに、今回の事故はショックだった。技術者として、臨界を起こすような間違いが起きるはずがない、と百パーセント思い込んでいた。大変不明を恥じる」

 科技庁は、通産省と並ぶ原子力の主管官庁であるのに、臨界事故を起こした核燃料加工会社ジェー・シー・オー(JCO)の操業実態をつかんでいなかった。「正規の手順を守らない悪質な違反を、性善説に基づく安全規制でチェックできるわけがない」「とりわけ、JCOのような核燃料加工施設への安全審査の甘さを露呈した」と事故後、科技庁の監視体制に批判が集中した。

 ■教訓生かし法改正

 「現実問題として、事故が起きてしまった事実を重く受け止めている。原子力発電所に比べ、ウラン加工施設の基準が甘かった、との批判は甘んじて受ける。だからこそ、事故後、原子炉等規制法を改正し、加工施設の規制を強化した」

 「確かに、これまでの安全規制は性善説に立ち、作業手順を守って操業しているはずだと考えていた。法改正では、その前提を変え、人が見ていないと手順を省いてしまうこともあり得る、と性悪説の考えも取り入れた」

 「端的に性悪説の発想が出ているのは、従業員による安全確保改善提案制度の創設だ。『内部告発』とも言われるが、『明らかにおかしい』と従業員が感じたら、国に届け出ることができる。こんな規定は、危険な作業を伴う化学プラントや建設現場にもない。やり過ぎではないか、との声が科技庁や国会にもあった。しかし、性善説の規制には限界があるとして、ここまで踏み込んだ」

 昨年末まとまった事故調査委員会の最終報告書は、原子力の「安全神話」からの脱却を提言している。着実に実行するためには、原子力関係者が「事故は起きない」という従来の意識を変えることが不可欠だ。

「法改正と新法のポイント」
原子炉等規正法の改正
■ハード面の規制強化
  • 加工施設への定期検査などを追加
  • ■ソフト面の規制強化
  • 保安規定の順守状況を国が定期検査
  • 原子力保安検査官を主要施設に配置
  • ■現場の安全文化を高める規定の整備
  • 従業員への保安教育の義務付け
  • 安全確保改善提案制の創設
    従業員は、事業者の違法の事実を大臣に親告できる。事業者は、その従業員に解雇など不利益な扱いをしてはいけない。
  • 原子力災害対策特別措置法
    ■国と自治体の有機的連携確保
  • 国は首相を長とする対策本部と、現地対策本部を設置。避難など必要措置を自治体に指示
  • 国と自治体などで総合防災訓練を実施
  • ■国の緊急時対応体制の強化
  • 防災専門官を事業所に配置
  • 緊急事態応急対策のための拠点施設(オフサイトセンター)の指定
  • ■事業者の役割の明確化
  • 異常事態の通報義務付け
  • 放射能測定設備の設置義務の明確化
  • 原子力防災管理者の選任義務付け
  • 「防災業務計画」の策定義務の明確化
  •  ■防災へ不断の努力

     「今まで、『安全神話』に基づいて議論してきたつもりはない。しかし、地域で説明するときは『絶対安全だ』という言い方をしなければ、最終的に納得していただけないという現実もある、と聞いた。その意味では、『神話』があったのかもしれない」

     「原子炉等規制法の改正とは別に、原子力災害対策特別措置法という新しい法律を作った。原子力災害が起こり得ることを前提にして、その確率を小さくしていく不断の努力を科技庁など国に課している。画期的な法律だと思っている」

    技術力低下の背景にあるもの
    物づくりの魅力薄れる

     大学入学を目指す若者の間で原子力工学科の不人気が続き、産業界は人材不足への危機感を募らせる。ロケット打ち上げに立て続けに失敗したこともあり、「日本の科学技術力は岐路に直面している」との指摘が強まっている。

     「世界で最優秀と言われていた日本の物づくりの力が、確かに全体として下がってきた。原子力はその一つだ。技術力の低下も臨界事故の背景にあると思う」

     「僕が学生のころは、理工学の中では物理系に非常に人気があった。今、原子力だけ魅力がなくなったのではなくて、社会全体で興味を持たれる分野が別のものにシフトしている。物づくりに対するモラルや魅力の低下が、ムードとして存在する。科技庁にとっても、由々しきことだ」

     ■被爆地ベース自認

     日本は五十五年前、広島・長崎への原爆投下を体験した。東海村臨界事故では、JCO社員の大内久さん=当時(35)=が大量の放射線を浴びて死亡し、その危険性を突き付けた。斉藤氏は、初当選時は旧広島1区から立候補しており、「被爆地をベースにしている」と自認する。

     「放射線の怖さを知っている人間が臨界事故の直後、政務次官に指名された。その意味を重く受け止めている。唯一の被爆国である日本の原点に返って、原子力行政をもう一度見直さないといけない。その仕事をやろうと決意して、(事故の五日後の昨年十月五日に)政務次官室に入った」

     「原子力はなくてはならないと思っている。今後増やしていくかどうか、いろいろ議論はあるだろうが、電力の三分の一を原子力が担っている。その必要性を国民に納得していただけるよう、安全性を確保しないといけない。被曝の恐ろしさと原子力推進との橋渡しをするつもりだ」

     ■危険性の説明必要

     「『こういう事故が起きれば、これだけの被害がある』とはっきり話したうえで、『こんな安全施策をしている。事故の確率は何パーセントだ。原子力から受ける恩恵と、他の技術の安全性とのバランスを考えると、許容範囲だ』といった説明が、きちんとできるようにしなければいけない」

     欧米では、脱原発の動きが具体化している。日本は、従来の原子力拡大路線を捨てていない。原子力政策は本当に変わるのか。

     「今までは、一部の専門家で政策の方向性を決めていた面がある。これからは、幅広い分野の人も加わってオープンな議論をする中で、政策決定をしていく流れが強まっていくと思う」

     ■信頼の回復が先決

     「現実問題として、原子力発電所をどんどん増やすのは不可能だ。しかし縮小すべきではないと思うし、高速増殖炉などの新しい技術は基礎研究をきちんと進めないといけない。まずは臨界事故で失った信頼回復が先決だ。時間はかかるだろうが、一つひとつ積み重ねなければいけない」


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