中国新聞社

(18)手 術4時間 まな板のコイ

2001/9/2

 手術の前、麻酔医が「いいですか。一秒で意識がなくなります。次に気がついた時は、手術は終わっています」と説明した。その通りだった。分身の術でもできれば、自分の手術を見学したいくらいなのに、それができないことが悔しい。

 手術室に入ると「馬庭さんですね」と手首に付けている腕輪を見て、看護婦さんが確認する。間違えられたら大変だ。「そうです」と大きい声を出す。

 全身麻酔は初めてだが、前に手術を受けた患者さんから「やさしいよ。手術台に移された時は、怖くてわらをもつかむ感じだったけど、看護婦さんが手を握って、そばにいてくれてねえ」と聞いていたので、安心はしていた。ほんとうに手を握ってくれて、何度も声を掛けてくれた。

 手術台の上では、まな板のコイ。四時間かけて卵巣、子宮、大網、虫垂の切除と、リンパ節の郭清(かくせい)が終わった。部屋に運ばれる途中、だんだん意識が戻ってくる。自分の周りは白っぽく見え、部屋までの距離が、えらく長く感じる。

 「お部屋ですよ。戻りましたよ」。看護婦さんの声が聞こえて、ホッとした。途端に痛みが走り、「痛み止めお願いしまーす」と、小声で言った。部屋で待っていた家族や友人たちは、どっと笑った。いつも強気の私が、弱気でしかも「お願い」したかららしい。

 その夜、「一人は不安だろう」と夫が泊まる予定だった。でも、痛くもないし、そばでバタバタ足音がするとうるさいので帰ってもらった。腰にはまだ、硬膜外チューブが挿入され、痛み止めが注入できるようになっている。

 夜、痛みが出た。痛みは我慢しないことが一番。すぐ、ナースコールを押す。当直の先生の指示で、看護婦さんがチューブから薬を入れてくれた。スーと痛みが取れて、眠くなるというより、意識が遠くなる感じがした。

 「あれー、なんか変。沈んでいく」。私の言葉に看護婦さんが、急いで血圧を測定する。血圧が低いではないか。私は不安になった。そばには家族もいない。このままどうにかなるのではないか。せっかく手術したのに、ここで何か起こったら大変。神さま、仏さま、看護婦さま。

 看護婦さんはあわてたそぶりなく、テキパキ対応してくれた。翌日には、「早く、チューブを抜いてちょうだい」と、いつもの私に戻っていた。

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