中国新聞社

(12)外 出久々のビール「うまい」

2001/7/22

 病院での一日は、短いようで長い。

 抗がん剤治療のある日は、じっと動かないでテレビを見たり、本を読んだり、手紙を書いてみたり…。休みになると、筋力低下を防ごうと、院内外をぐるぐる歩き回る。といっても、貧血で階段はしんどいし、長い廊下も休み休みだ。

 もっぱら午後、人通りが少なくなったころを見計らって、マスクをして帽子をかぶり、準備万端。外は、遠く瀬戸内海がきらめいて美しい。美術館もすぐ近くにあるのだが、行こうとすると外出届がいる。そのたびに主治医に申し出て、許可が必要になる。どこの病院でも同じだろう。

 建物の中より、やはり外気に当たって鍛えたほうがいいに決まっている。散歩で毎日、外出届を出すのも気が引けるので、気持ちに折り合いをつけて、病院の敷地内を回ることにした。

 歩いていると、八十歳はとうに超えていると思われる、かくしゃくとしたお年寄りが、ふろしきを背負い、つえを手に追い抜いていく。私も速足で歩く。追い付くと、また追い越される。「負けた」。心の中でつぶやく。

 「お元気ですね」。声をかけると、ニタリと金歯が光った。

 「ねえさん、若いのにどこが悪いん?」

 「がんなんです」

 「へー、近ごろはがんでも、治療がええと長生きができるそうな。じいさんが入院しとるが、家に帰れるそうな。ありがたいことよの。ねえさんも長生きしんさい」。励まされて、また歩く。

 東京である看護の学会で発表する予定があったので、主治医に二泊三日の外泊を申し出た。「東京?

 風邪引くなよ。自分の責任と管理でやってくれ」とあっさりOK。あきらめているのかもしれない。発熱などに備え、抗生物質と座薬を携えて出掛けることにした。

 久しぶりの新幹線、そして東京。修学旅行気分で、駅弁を買う。あっという間に着いた。駅は階段があり、人も多い。ゆっくり歩いていたら、後ろからぶつかられる。動きはすべて速い。健康だった時は、この速さの中にいた。「もっと、ゆっくり歩こうよ」と思う。

 気持ちはルンルンでも、少し足が痛くなった。宿でゆっくりふろに入り、足をもむ。吐き気もなく食事がおいしい。二カ月ぶりにのどを通った缶ビールの味は、「うーん、うまい!」。

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