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2000年5月21日
7 闘病家族
カリフォルニア州スーザンビル町中心部の商業ビルの一室。美容 院を営む姉のテミィー・パスターさん(34)と妹のマーリン・ノーベ ルさん(30)は、客と話しながら手際よく髪を整えていた。 ![]() マーリンさんは一九九八年二月、ネバダ州リノ市の病院で脳腫瘍 (しゅよう)の手術を受けたばかり。手術に伴う脳障害のため、臓 器を正常に働かせるための薬が生涯手放せない。 二人が仕事中、奥の部屋で両親のジャック・パスターさん(59)と 妻のサリーさん(57)から話を聞いた。サリーさんも五年前から手の 指が内側に曲がり始め、関節痛のため今ではつえなしでは歩けな い。 「病気になる前は、ローラースケートやゴルフをして、人がうら やむほど元気だったのよ」。いすに掛けた彼女は、ひざの上の硬直 した手を見つめた。「いろいろと体の検査をしてもらったら、血液 から重金属物質が見つかって…」 パスター夫妻が、子ども四人とともに州都のサクラメント郊外か らこの地に移ったのは八一年。ジャックさんが勤めていた電話会社 の転勤によるものだった。「子どもたちは豊かな自然に囲まれ、 『神の国へ来たみたいだ』って大喜びだった」 ジャックさんは九一年に退職。宅地開発業に乗り出し、町内のあ ちこちにビルや住宅を建てビジネスマンとしても成功した。九三年 には地元商工会議所を代表して、閉鎖のうわさが立ったラースン郡 にあるシエラ陸軍武器貯蔵・廃棄所へ出かけ、存続を強く訴えた。 「当時、千人以上が地元から働きに出ていた。経済発展と雇用確 保のためとはいえ、家族や住民の健康を犠牲にして何をしていたの かと恥ずかしくなるよ」 ![]() ジャックさんが軍施設に疑問を抱き始めたのは九五年のこと。湾 岸戦争退役軍人の疾病に関する議会公聴会のテレビ中継で、軍関係 者が「爆発物の有害物質は煙とともに四十マイル(六十四キロ)以 上飛ぶ」と証言しているのを聞いてからである。 武器・貯蔵廃棄所からスーザンビルまでは五十キロ足らず。しか も周りは高い山に囲まれ、すり鉢の底のようになっていた。煙はよ くたなびいてきた。 爆破処理が明白な通常兵器について自ら調べると、鉛や水銀、ベ リリウムなど八種類の発がん物質を含んでいるのが分かった。その 上、同じように毒性の強い重金属物質で、放射能も併せ持つ劣化ウ ランの廃棄…。 ラースン郡のがん発症率は、州内平均のほぼ二倍。白血病、脳腫 瘍、リンパ腺(せん)がん、乳がん…。サリーさんと同じような症 状の自己免疫疾患も目立った。 ![]() 「スーザンビルの人口はわずか一万五千人だけど、私の担当医はこ の町のがん患者をたくさん手術しているの。だから『そこに住むの は危険すぎる。早く町を出なさい』って言っていたわ」。仕事を終 え、話に加わったマーリンさんが、そばから言った。 体内から微量の金属物質が検出された独身のテミィーさんは近い 将来、より安全な地に引っ越す予定だ。 四月半ば、パスター一家から電子メールが届いた。ジャックさん を代表とする約八百人から成る「武器に反対する住民」、軍施設の 風下に当たるネバダ州の「ピラミッド湖パイユート先住民」らが、 四月十三日、陸軍を相手に戸外での武器破壊の中止を求める訴訟を 起こしたのだ。 「劣化ウランの影響についても、専門家の協力を得てより詳しく 調べたい」とある。汚されたシエラネバダ山脈ふもとの大自然。安 全で美しい自然を取り戻すラースン郡住民の闘いは、始まったばか りである。 (田城 明)
=第3部おわり=
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