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2000年4月30日
7 健康障害
週末の朝。明るい光が差し込むアパート三階の窓辺から望むテネ シー州ジョーンズボローの中心街は、閑散としていた。 「教会も店もみんな古い建物だけど、このたたずまいが好きで ね」。ポール・ハシュコさん(55)は、窓辺に気持ちよさそうに寝そ べる愛犬をなでながら通りを見やった。町のごみ収集に当たる仕事 日は早朝に出かけ、夕方まで大型収集車のハンドルを握る。 「最近は関節痛が激しくなったり、目が悪くて体のバランスを欠 いたりするんだ。みんなエアロジェット軍需テネシー(AOT)で 働いていた時に吸い込んだ劣化ウランのせいだよ」 ![]() シカゴ生まれ、サンフランシスコ育ちのパシュコさんが、この地 に移ったのは一九七九年。バージニア州ブリストルに住む妻の母親 の面倒を見るためだった。翌年三月にAOTに就職。一年余り劣化 ウラン弾貫通体の生産に従事した後、八一年五月、作業環境の改善 を求め労働組合のストライキに加わった。 「鼻をかんだ紙が、劣化ウランのために緑色をしていたよ。作業 服に付着した粒子は、洗っても取れなかった」。ハシュコさんは、 就職後しばらくして気管支の不調を自覚するようになった。 会社との交渉は決裂し、収入がほとんど無くなり、妻の理解が得 られぬまま八三年には離婚した。連邦労働委員会の調停に基づき、 職場に復帰できたのは八六年。「作業環境はよくなっているだろ う。そう思って戻った。安定した収入や健康保険が得られるのも魅 力だった」と振り返る。 ![]() 確かに五年前に比べ、作業環境は改善されていた。それでも事故 や十分な防護措置を取らないため、規定の放射線量を超えて被曝 (ばく)する者が相次いだ。作業服二百五十着分が高い放射線量を 示し廃棄されたこともあった。 六年半働いた末に白血病になった男性労働者。ハシュコさんのよ うに関節痛や気管支障害を訴える者もいた。自らの体調不良に加 え、安全面の不備を指摘する彼は社からにらまれ、九二年に再び離 職した。 八一年当時の職場仲間には、がんで闘病を続ける者もいる。「工 場のそばに住む四十代の夫妻は、どちらもがん患者。ほかにも長く 住む周辺住民には病気を抱える人が多い。近くには高校だってある んだ…」 それでも周辺住民の多くは、AOTが何を造っているかさえ、い まだに知らないという。劣化ウランのことも、放射線の人体への影 響についても知る人は少ない。マサチューセッツ州コンコード住民 がスターメッツ社に働きかけているような動きは、ジョーンズボロ ーでは起きていない。 「九三年に湾岸戦争の退役軍人の一人が、テレビで病状を訴えて いた。関節痛、視野狭さく、頭痛…。あまりにも自分の症状と似て いるのでショックだったよ」。ハシュコさんはそれ以後、地元の湾 岸戦争退役兵の支援をしたり、他州に出かけて自身の体験を語った りしてきた。 そして昨年九月、ストライキから十八年ぶりに労働委員会の決定 が下った。「会社に対し、労働者約百人が失ったこれまでの給料分 と利子を払うように命じたんだ。われわれには朗報だったけど、A OTは決定に従わず控訴裁判所に訴えている」 ![]() 労働委員会の決定に対するAOTの見解や、生産状況などを知る ため取材を申し入れたが、断られた。 入手した九八年の会社概要には「これまでに高品質の大・中口径 の貫通体を三千万個近く造ってきた」「砂漠の砂嵐(あらし)作戦 では、その威力が証明された」「AOTは国防に貢献できることを この上なく誇りにしている」と記す。 ほこりにまみれて健康を失ったハシュコさんらの要求は、AOT にはなかなか通じない。 |
![]() ![]() 湾岸戦争退役兵の自宅を訪ね、健康状態について話し合うポール・ハシュコさん(左)(テネシー州ジョーンズボロー町郊外) |
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