2000年6月26日
8 調査センター
イラク南部での取材を終え、首都のバグダッドへ戻った後、文化情報省ビル三階の「湾岸戦争調査センター(GWRC)」を訪ねた。 「バスラでの取材はどうでしたか?」。イラク訪問前から連絡を取っていたセンター長のナスラ・サズーンさん(54)は、知己のように温かく迎えてくれた。小説家で、新聞などに時評も書く。英語、フランス語に堪能で、外国人とのつながりも深い。 医師や学者ら協力 九七年、彼女の幅広い知識と経験が買われ、民間からセンター長に就任した。 「センターの主な目的は、湾岸戦争の影響についてあらゆる情報を集めたり、季刊誌の発行やビデオを製作したりして、こちらからも情報を世界に提供することよ。中でも劣化ウラン弾の影響に関しては、一番力を入れているわ」 センターは文化情報省の一部門として九四年に設立された。現在はサズーンさんを含め二十人のスタッフを擁する。このほか各大学の環境学者、放射線科学者、医師、映像関係者らがさまざまな形で協力。保健省などとも連携して活動を推進している。 「自由に外国との行き来ができない今の状態で、海外の文献を集めるのは容易じゃない。でも、アメリカの湾岸戦争退役兵がイラクを訪問した時に持ってきてくれたり、イギリス、フランス、ドイツなどから知人が送ってきてくれたりしている。主要文献は専門家の協力を得て、可能な限りアラビア語に翻訳するようにしているの」 サズーンさんはそう言うと席を立ち、同じ階にあるセンターの資料室を案内してくれた。 欲しい精密測定器 湾岸戦争に関する英語などの書物、雑誌、研究文献、パンフレット、新聞記事、ビデオ…。劣化ウラン弾や放射線の影響などについての資料は、約七十平方メートルの部屋の一角に特別コーナーを設け、集められていた。 「これは九八年にバグダッドで開いた湾岸戦争後の健康・環境への影響をテーマにした国際シンポジウムの内容を英語でまとめたものよ」。サズーンさんは、印刷段階の分厚い資料を取り出した。 「これを読めば退役軍人やイラク市民、特に子どもたちの間に多くの健康被害や死者が出ていることが分かるでしょう。ただ、劣化ウランとの因果関係などをより科学的に裏付けるためには、国際的な協力が欠かせない」とサズーンさん。 今、イラクにとって必要なのは尿や血液、土壌や植物などの放射線や化学汚染物質を分析できる高度な測定器具だという。「できればイラク人の科学者と一緒に、独立したそれぞれの分野の世界の専門家が協力して、調査に当たってくれれば理想なんだけどね…」 保健副大臣のサミ・アル・アラッジさんとのインタビューでも、その点が強調された。 米の「敵視策」嘆く 「フセイン大統領を含め私たちイラク人は、アメリカ政府などの宣伝で、まるで世界の人たちから悪魔のように見られているようだわね」 国際的な協力が得られぬ背景にある「イラク敵視策」を、サズーンさんは嘆いた。「私たちには確かに独自の文化や伝統というのはあるわよ。でも、私たちも日本人や他の世界の人々と同じ、普通の人間。平和で健康に暮らしていきたいと願っているわ」 イラク制裁で一番強硬姿勢を取る米国は、広島、長崎に原爆を投下し、湾岸戦争や、コソボ紛争では新たな放射能兵器を使用した。 「非人道兵器を使い、自軍兵士をも含めて多くのヒバクシャをつくり、戦争終結後も何年にもわたって人々の命を奪い、苦しめ続ける。それをしているのは、人道や人権を声高に唱える当のアメリカ政府じゃないでしょうか…」 穏やかに語るサズーンさんの言葉は、大方のイラク人の思いを代弁していた。 (田城 明)
=第5部おわり=
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「湾岸戦争調査センターに、広島や長崎の原爆文献もぜひそろえたい」と話すナスラ・サズーンさん(バクダッド市) |