2000年6月18日
1 放射線治療
ヨルダンの首都アンマンから車で東へ約九百キロ。イラクの首都 バグダッドに到着後、文化情報省で取材の手続きを済ませ、翌日市 内の放射線・核医学研究所兼病院を訪ねた。 治療までに3ヵ月 「見ての通り、患者がいつもいっぱいでね。放射線治療を受ける ために、一カ月から三カ月も待たなければいけないんだ」。恰幅 (かっぷく)のいい病院長のタハ・アル・アスカリさん=写真左=(41)は、一 階の廊下で治療を待つ患者たちに時折声を掛けながら、院長室隣の 会議室に向かった。 イラクで放射線治療設備のある病院は、ほかに北部のモスル市に もう一カ所あるだけ。放射線治療患者の八割以上が、この病院で治 療を受ける。 「モスルには機器が一台。ここには四台ある。そのために全国か ら患者が集まる。そのうち四〜五割はイラク南部の戦場地域や周辺 の人たちだよ」 アスカリさんは、特にここ数年、その傾向が強まったという。 「米・英両国が使った劣化ウラン弾による影響が出ているのだろ う。これから先、患者が増える可能性は高い。でも、今の古い設備 ではとても対応できない」と頭を痛める。 同席していた腫瘍(しゅよう)学専門のカースム・ファーレさん (52)の案内で、治療室を見学した。 「四台のうち、比較的新しいのは昨年十一月にフランスから入っ たこの機器だけ。これも先進国で使われているのに比べれば、随分 遅れたものだけどね…」 治療中のランプと音が消え、厚いドアを開けて中に入ると、脳腫 瘍の治療を終えた女性が、白い大きな機器から下りていた。 1日に80人が限度 他の三台の機器は既に二十年がたち、時代物の印象はぬぐえな い。一台は乳がん、もう一台は皮膚がん専用である。午前八時から 深夜十二時まで、四台が稼働して八十人の治療が限度。うち十〜十 二人は毎日新しく受け入れた患者である。 「機器が古いので、放射線源のコバルト60から放出されるガンマ 線が弱くなっている。普通なら瞬時に終わる治療も、必要な線量に 達するまで十五分から三十分もかかってしまう」とファーレさん。 入手困難ヨウ素131 その上、機器に故障が起きると古くてスペアがなく、修理専門の 技術者もいない。「この時は一気に効率が落ちてしまう」と嘆く。 固形腫瘍患者のみを治療するこの病院では最近、脳腫瘍、悪性リ ンパ腫のほか、子どもの甲状腺(せん)がんや女性の乳がん患者の 増加が目立つという。 しかし、甲状腺がんの治療に必要なヨウ素131は、放射線治療 機器と同じように「放射性物質」として経済制裁で入手がままなら ず、乳がんの患者らの中には、治療を待つ間に死亡するケースも少 なくない。 「今も百二十人以上の患者が放射線治療を待っている。われわれ がベストを尽くして治療に当たっても、現状では助けられないこと が多い」。案内に加わったアスカリさんは、無念さを口元ににじま せた。 効率の悪い機器と数の不足、最新の学術文献や医学雑誌の欠如、 閉ざされた国際学会への参加…。 「治療法は日々進歩しながら、われわれはこの十年間、経済制裁 のために新しい機器や知識を求めることすら許されなかった。放射 能をまき散らして被曝(ひばく)者をつくりながら、治療の道は閉 ざす。こんなことが許されていいのだろうか…」 アスカリさんは、穏やかな口調でこう問い掛ける。 |