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       2000年6月9日 
       
      7 科学アドバイザー  
       
      
      
       
      
        
          
              「退役兵とは電子メールでやりとりすることも多い」と、自宅
            の書斎でメールをチェックするマルコム・フーパーさん(イングラ
            ンド・サンダーランド市) | 
           
        
       
        イングランド北東部サンダーランド市のマルコム・フーパーさん
      (65)の自宅に着くと、既に正午をかなり回っていた。 
       
       「あいにく妻がロンドンへ出かけて不在だけど、サンドウッチと
      スープで昼食にしよう」。サンダーランド大学名誉教授(医化学)
      のフーパーさんは、手際よく料理を作って食卓に運ぶと、湾岸戦争
      退役軍人とのかかわりについて話し始めた。 
       
         湾岸退役兵を支援  
       
       「一九七七年のことだ。四人の退役兵が私の研究室を訪ねて来
      た。働き盛りの一番元気な年ごろの若者がつえをついてね。どこか
      ら見ても病人だった」。彼らの症状を聞き取りながら、自分の専門
      性を生かすことで退役兵らを支援できると考えた。 
       
       ロンドン大学で薬の開発、薬による病気など医化学分野で博士号
      を取得。その後も生物化学、毒物学などの研究を続けてきた。
       
       
       「湾岸戦争は西洋の軍事史の中で最も毒性に満ちた戦争だった。
      劣化ウラン弾の使用、イラク軍の化学兵器庫の爆破、油田火災、化
      学・生物戦に備えて兵士が取った安全性も確認されないさまざまな
      薬剤…。どれを取っても人体に無害ということはあり得ない」
       
       
       フーパーさんは、劣化ウラン弾を「無差別相互確証破壊のための
      新兵器」と形容する。「政府や国防省は、劣化ウランは天然ウラン
      より放射線レベルが低くて無害と主張しているけど、それはごく一
      面を見ているだけ。特に兵器として使われた時は、とてつもなく危
      険が高い」と指摘する。 
       
         排出には2万4000年 
       
       主要な危険性は砲弾が戦車などの物体を貫通した際に生まれる劣
      化ウラン粒子である。その時、劣化ウランの弾芯(しん)に使われ
      る貫通体は、英国防省がいう一〇〜―二〇%ではなく、最高七〇%
      までは煙霧状の酸化微粒子となって大気に放出される。千分の一ミリ
      のマイクロ単位、特に五マイクロメートル以下だと肺に着床。半永
      久的にそこに止まるという。 
       
       「微粒子の多くが高熱でセラミック状になっており、吸入した量
      の半分が体外に排出されるまでの生物的半減期は十〜二十年。食物
      などに含まれる天然ウランだと溶解可能で、二十時間もすれば尿と一緒に体外へ排出される。が、溶解不可能なセラミック状だと、完
      全に排出されるまでに理論上二万四千年かかる」
       
       
       劣化ウラン粒子は、血液を通してリンパ節や骨にもたまり、免疫
      システムや血液をつくる骨髄にも影響を与える。尿と一緒にわずか
      ずつ体外へ排出されているのが、退役軍人らの尿検査から検出されているのだ。 
       
       「九年もたってなお検出されるのは、体内のいろいろな部位に劣
      化ウランが残っている証拠だよ。精子にも含まれることが分かって
      いる」  
       
         遺伝子へも悪影響  
       
       フーパーさんは退役軍人と交流するようになり、妻たちが性交時
      に覚える「バーニング・センセーション(燃えるような激しい痛
      み)」についても多くの訴えを聞いた。彼はその原因をこう説明す
      る。 
       
       「劣化ウランのもつ化学的毒性や、兵士が摂取した他の化学物質
      による影響で、精子をつくる代謝の際に異常が起き、非常に強いア
      ミン物質、例えばアンモニアのような物質が多量に含まれてしまう
      のだ。塩基性のアンモニアは強い刺激性を有している。そのために
      女性たちは、下腹部に燃えるような激しい痛みを感じるのだよ」 
       
       劣化ウランの持つ放射性と毒性、その他の毒性物質による遺伝子
      への影響も否定しない。湾岸戦争退役兵の家族に、先天性異常のある子が目立つのも不思議ではないという。 
       
       「劣化ウラン弾が多国籍軍の兵士だけでなく、イラクの兵士や市
      民の健康と命を奪い、まだ生まれてこない生命にまで影響を与えて
      いる。だから私は無差別相互確証破壊兵器と呼んでいるんだよ」
       
       
       自国の湾岸戦争退役兵の依頼で、チーフ科学アドバイザーも務め
      るフーパーさんは、最近ヨーロッパ各地に出かけ劣化ウラン弾の危
      険を訴えている。 
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