インド核実験 核軍縮専門家に聞く
'98/5/16
インドの度重なる核実験が、東西冷戦後の新たな核拡散の引き金 になるとの懸念を呼んでいる。パキスタンが十七日にも核実験を実 施するのではとの報道も伝えられた。インドの「核クラブ」入りの 意図は何か、世界の核状況にどう影響するか、さらに拡散防止の効 果的な手だてはあるのか。二人の核軍縮専門家に聞いた。(聞き手 は東京支社・江種則貴、高本孝)
▽廃絶の好機、日本は先導を/元軍縮大使 今井隆吉氏
今回の核実験は、爆発の規模などの情報があいまいで、インドの 技術レベルを解析するのは困難だ。しかし、高度な兵器を設計する データ集めであることは間違いないだろう。朝鮮民主主義人民共和 国(北朝鮮)などとは違い、押しも押されぬ核保有国なのだとアピ ールすることが、こんなに手の込んだ実験をやった意図と見ること もできる。
核拡散防止条約(NPT)も、包括的核実験禁止条約(CTB T)も不平等条約だというインドの理屈はその通りだ。ただ、この まま反対すれば国際的に孤立する。CTBTの発効期限があと二年 に迫ったこの時期に実験し、そのうえで(核保有国として)CTB Tに入れば、米国にひと泡吹かせることもでき、結果的に「うまい 手を使った」ということになる。
今後、核拡散が一気に進むとは思わない。能力を持つのはイスラ エルやパキスタンだろうが、今のところイスラエルには急ぐ理由が ない。パキスタンは実験するかもしれないが、インドより技術的に 低レベルの実験だったという結果になれば、メンツにかかわる。ど う出るかは政治判断だ。むしろ、米国や旧ソ連の核解体プロセスで の(盗難など偶発的な)拡散が心配だ。
経済制裁が有効ではないことは歴史を見れば分かる。兵器用核分 裂性物質生産禁止(カットオフ)条約なども、ただちに実現は難し いだろう。とすれば、現在四万発はある核兵器を確実に減らしてい くステップが大切ではないか。
二年前、オーストラリアの提唱で私たち世界の専門家が議論した 「キャンベラコミッション」があった。核兵器廃絶へのメニューを まとめたものの政権交代でとん挫した形になったが、日本はこうし た面で資金提供などの貢献ができるはず。経済制裁して終わりで は、被爆国として恥ずかしい。核軍縮が行き詰まりを見せている 今、今回の実験をいい意味でのチャンスととらえ、核兵器廃絶のき ちんとした知恵を日本のリーダーシップで示すべきだ。
▽核保有の連鎖反応を懸念/東京国際大学教授 前田哲男氏
インドが地下核実験に強行した直接の要因は、領土紛争で対立す るパキスタンの核開発の動きだが、もう一つの隣国、中国に対する けん制も背景に挙げられる。同じく中国と対立していた旧ソ連との 安全保障上の関係が冷戦崩壊で薄れた今、インドが自国で核を持つ 選択肢が浮上してきたわけだ。
中国の援助を受けてきたパキスタンも、一気に核武装する危険性 がある。印パの核軍拡競争は、カシミール紛争という現実の火種を 抱えているだけに、発作的な地域核戦争に結び付く可能性が高い。 冷戦時の米ソが、「恐怖の均衡」で核抑止戦略を展開したのとは大 きな違いだ。核の危機管理が印パ間で成り立つとは考えにくく、引 火点は極めて低いと言える。
さらに、ヒンズー国であるインドの核保有に対抗して、パキスタ ンと同じイスラム諸国にも核保有の回路が広がりかねない。NP T、CTBT体制の下、既存の核クラブによる核秩序づくりによっ て抑えられてきた国々が、核保有に解き放たれる連鎖反応だ。
米国などの核危機管理の失敗であり、核保有国は「インドの核実 験は自らまいた種」と自覚する必要がある。その上で、具体的な核 軍縮プログラムをつくり上げ、条約化し、抜け穴となっている臨界 前核実験もCTBTの規制対象とする。そうでなければバーミンガ ムサミットでどんな非難決議を出しても効果はない。
日本も北東アジアの非核化、非核法の制定など、核に関してはヒ ロシマ・ナガサキの原点から動かない、という姿勢を法律、政策、 条約で明確にするべきだ。そうすることで初めて、世界は日本の発 言に耳を傾けるし、被爆国としてのリーダーシップを発揮できる。
冷戦期、核廃絶を願うヒロシマの訴えは東西両陣営に向け強く発 信され、冷戦終結に至る伏流水になった。今回の核実験を機に、印 パなど南側の国々に向けた南北軸のアンテナを再構築し、核兵器の もたらす悲惨をきちんと伝える必要がある。