インド、パキスタンの核実験に思う 明石 康

'98/6/1

 核管理体制改善が急務

 インドの核実験に続いてパキスタンが五月二十八日、核実験を強 行した。抑制を強く求める国際世論を振り切っての暴挙であり、被 爆地・広島や日本の市民にさらなる衝撃を与えるとともに、国際的 核軍縮の枠組みがもつ構造的欠陥をさらけ出した。

 現行の核軍縮の枠組みとしては、包括的核実験禁止条約(CTB T)と核拡散防止条約(NPT)が存在する。前者は核保有国およ び非保有国による新たな核開発に歯止めをかけ、後者は非保有国に 対し、核エネルギーの兵器転用を禁じるものである。

 両条約はそれ自体が核軍縮や核廃絶をもたらすものではないが、 少なくとも現状の悪化を防ぎ、国際社会を核軍縮の方向へ促す役目 を果たしてきた。ところが今回、その両条約に加盟していないイン ド、パキスタンが実験に踏み切ったことで、核軍縮の歩みは大きく 後退した。

 対中・対印を意識

 だが私たちはここで、ひるんだり失望したりしてはならない。な ぜ両国が核に頼ろうとしたのか、現行のCTBTやNPT体制がな ぜ両国の核実験を阻止できなかったのかを冷静に分析し、日本とし て何ができるかを考えるべきではないだろうか。

 今回のインド、パキスタンの核実験の応酬は、二国間の軍拡競争 のように見えるが、実体はもっと複雑である。インドの核開発は、 一九六二年の中印国境紛争での敗北と、六四年の中国の核実験成功 による危機感から、一貫して「対中国」を念頭に置いて続けられて きた。

 一方、パキスタンの核開発は、独立以来のインドとの宗教対立に 加え、カシミール地方の領有権などをめぐって三度戦われた印パ戦 争の敗北を機に、「対インド」を強く意識して始まった。

 インドはほぼ独自の開発能力を有しているのに対し、パキスタン はかなりの程度まで中国の技術に頼り、そのことが対中国を意識す るインドを刺激した。つまり南アジアの核対立は複雑な三角構造の 上に成り立っている。

 中東への拡散懸念

 またインドはこれまで、両条約への加盟を拒む理由として、現状 の制度が五大国の核独占を許し、NPTが核保有国に義務づけてい る「軍縮努力」が全く無視されている点を指摘している。

 確かに九六年のCTBT調印直前の、中国とフランスの駆け込み 実験や、米国の臨界前実験などを見ても、核保有国の側の軍縮努力 は十分だとはいえない。また、主要国首脳会議(バーミンガム・サ ミット)が対インド制裁に消極的だったのは、メンバー国の大半が 核保有国だからだといっても過言ではなかろう。

 現行の制度のままでは、いくら非核保有国が国連総会や軍縮会議 で絶叫しても、核保有国が自発的に核軍縮に踏み出さない限り機能 しない。

 この制度上の不公正と非民主制を早急に改善しなければ、非核保 有国の中からいつ、インド、パキスタンに続く国が現れるかもしれ ぬ危険をはらんでいる。実際、パキスタンがイスラム国家として初 めて核実験に成功したことで、潜在的核保有国といわれるイスラエ ルに対抗する中東のイスラム国家への核拡散の危険性は高まったと 見るべきであろう。

 「核の傘」見直しを

 それでは日本には、何ができるのだろうか。

 日本は佐藤栄作内閣以来、非核三原則を国是として掲げる一方、 安全保障政策としては米国の「核の傘」に頼ることを表明してき た。だがインド、パキスタンなど国際社会の一部には、「それで本 当に非核国といえるのか」という疑念も存在している。また日本は 諸外国から「すでに核開発能力を有している」と見られている。

 日本が今後、国際社会で説得力を持つ核軍縮のリーダーとして行 動していくためには、ポスト冷戦期における安全保障の問題をきめ 細かく新鮮な角度から検討するとともに、核開発能力を有しながら も非核保有国にとどまる自制心を持った国として、国際平和のため の新しい核軍縮の枠組みづくりに真剣に努力することが肝要であろ う。

 <略歴>1931年秋田県生まれ。東京大大学院修了。57年国連 職員。カンボジア事務総長特別代表、事務次長などを経て98年4月 から現職。著書は「忍耐と希望」「平和への架け橋」など。

【写真説明】広島平和研究所長・明石 康氏


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