核軍拡再燃に「ヒロシマの責任重大」
'98/5/30
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インドに対抗してパキスタンが地下核実験を強行した翌日の二十 九日、原点ヒロシマではさまざまな動きがあった。抗議、核軍拡防 止に向けての新たな取り組み決定、平和研究…。動きの底流には一 つの思いが渦巻いていた。「核軍拡再燃の流れを止めなければ」。
広島市中区の原爆資料館。午前十一時半。スリランカの議会議 長、キリ・バンダ・ラトナヤケ氏(72)が、やけどを負った被爆者の 写真の前でため息をついた。直後にすれ違った修学旅行の小学生を 見て「あんな小さな子どもも死んだんだな」。
資料館近くの原爆慰霊碑前で、市民グループ「ヒロシマ・平和リ ボンの会」と一緒に愛知県立鳴海高校の生徒たちが抗議行動を繰り 広げる。照り付ける太陽が石畳に反射する。真夏並みの暑さの中、 リボンを持つ生徒に額に汗が玉を結ぶ。
正午すぎ、広島県被団協(金子一士理事長)や県原水協などの座 り込みが慰霊碑前で始まった。いつもの二倍の約二百人が駆け付け た。新日本婦人の会県本部の湯川寛子会長が語気を強めた。「原爆 被害が伝わっていない。被爆体験記をインド、パキスタンに届けな くては」
同じころ、被爆者の砦(とりで)である中区の広島平和会館には 「インド・パキスタンと平和交流をすすめる広島市民の会」のメン バー五人が急きょ集まった。インド・パキスタンの平和運動家を招 くための募金活動を決めた。
広島県被団協(伊藤サカエ理事長)の坪井直事務局長は「原爆が いかに恐ろしい爆弾か、ヒロシマが伝えていく責任はますます重大 になった」。自分に言い聞かせるように言った。
平和記念公園の西約五百メートルのビル十二階。今春、開所した広島平 和研究所は市立大の研究者や学生ら約三十人を対象に初の研究会を 開いた。テーマは「包括的核実験禁止条約(CTBT)交渉の経過 と問題点」。
会場は報道陣が詰め掛けて立すいの余地もない。講師の大阪外語 大の竹内俊隆助教授は三年前、法律顧問としてCTBTの交渉に携 わった。「相次ぐ核実験で、核拡散防止条約(NPT)やCTBT による核管理体制が崩壊する可能性もある」と竹内助教授。
平和公園に夕やみが迫る。午後六時、広島県被団協(伊藤サカエ 理事長)や広島県原水禁などの約百三十人が原爆慰霊碑前で座り込 んだ。
目を閉じる人、腕組みをする人、急性白血病で亡くなった女学生 の遺影を持つ人…。途中で降り始めた雨が参加者の頭を濡らす。初 めて加わった東区の団体職員の女性(25)は「核戦争が本当に起きそ うな危機的状況。抗議の意思を示す機会だと思った」。
座り込みが終わった。二十分後、つかこうへい作「広島に原爆を 落とす日」の公演のため広島入りした主演の稲垣吾郎さん、緒川た まきさんらが姿を現した。傘をさした二人は慰霊碑に黙って花を供 えた。「これに先立って見学した資料館では恐怖と怒りで言葉を失 った」。稲垣さんがうつむいた。
午後七時、被爆53周年原水爆禁止世界大会広島県実行委員会の結 成総会が南区内のワークピア広島で開会した。抗議の座り込みで予 定より一時間遅れた。広島県原水禁の中垣八朗代表委員が「核拡散 防止が大会の最大のテーマとなる」と説明。印、パ両国から代表を 招き、論議を深めることを報告した。
平岡敬広島市長がカナダ、米国の出張から帰ってきた。午後七時 半、広島国際会議場で会見。モントリオールとの姉妹都市縁組や企 業立地セミナーとともに、質問がパキスタンの地下核実験への対応 に集中する。
長旅の疲れもみせながらも、平岡市長が力を込める。「核抑止論 に頼らない安全保障を構築しなければならない」。国家間の核軍拡 の再燃に苦り切った表情が浮かぶ。「市民レベルの取り組みを軸 に、新たな核兵器廃絶への道筋を見いださなければ」と口元を引き 締めた。
【写真説明】いつもの2倍の200人が集まった広島県原水協や被爆者たちの座り込み(29日午後零時半、広島市中区の平和記念公園