パキスタンが核実験 印に対抗初の実施
'98/5/29
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最悪の事態が、ついに起きた。それは単に米ロなど既存の核保有 五カ国にとって都合のいい核拡散防止条約(NPT)や包括的核実 験禁止条約(CTBT)の枠組みが崩れてしまったたということだ けではない。それ以上に敵対するインドとパキスタンの関係が、互 いに「核開発能力がある」という抑止のレベルから「核保有国」、 すなわち「核使用もあり得る」という一段と危険度の高い領域へと 踏み込んでしまったことである。
パキスタンの核実験実施後、かつてインド・パキスタン取材でイ ンタビューしたパキスタン人数人に国際電話を掛けた。その一人、 カラチ在住の著名なジャーナリスト、モハメッド・ナクビさん(70) は「インド人民党(BJP)が今年三月に政権についてから印パ関 係は急速に悪化していた。両国の核実験実施で、英国独立後五十一 年の中でも最悪の事態を迎えている」と声を落とした。
「CRASH INDIA(インドを壊滅せよ)!」―インドの 核実験実施後、パキスタンではこんな過激なスローガンを掲げたデ モが首都イスラマバードなどで目立った。必ずしも多数派とは言え ないパキスタンのイスラム教過激派が反インド感情をあおり、それ がまたインドのヒンズー過激派を刺激し、悪循環を繰り返す。
今回の核実験により、印パ両国の核・ミサイル開発競争が激化す ることは必死である。しかも、インドの核開発が進展することは、 中国の警戒心を高め、地下核実験などの禁止をうたったCTBTに 加盟する中国の核政策の変更をもたらさないとも限らない。
一方、一九四七年の独立以来、これまでに三度戦争を繰り返し、 今もジャムー・カシミール地方の帰属をめぐり支配ライン(暫定国 境)を挟んで戦闘を続ける両国。最近は、その戦闘が一段と激しく なっているのが実情だ。
核軍備とともに通常兵器の軍備力増強は、インド・パキスタン経 済に大きな負担を強いる。とりわけパキスタンでは政府一般歳出の 約八〇%は、軍事費と負債の返済で消えてゆく。政府運営費を除い た残りわずか八%程度で、土木建設から教育までやろうというので ある。推定人口約一億四千万人のうち、政府発表の識字率は三五 %。実際は二〇%程度とも言われる。
こうした厳しい経済・社会状況を抱えながら、それでもあえて核 実験を実施した。「日本が過去に受けた(広島、長崎の)二の舞い になりたくなかった」。実験後のシャリフ首相のこの言葉には、ど れほど深く「核抑止力」を信じているかが如実に現れている。
しかし、ナクビさんは、両国民の不信と憎しみが一層高まり、ジ ャムー・カシミール地方での戦闘の成り行き次第では「四度目の戦 争の可能性を否定しきれない。それが核戦争でないことを祈ってい る」と、電話の向こうで言った。
こうした声にヒロシマ・ナガサキが、そして被爆国日本がどうこ たえるのか。私たち自身の力量が問われている時でもある。
(田城 明編集委員)
【写真説明】28日、テレビで核実験実施を発表するパキスタンのシャリフ首相 (AP=共同)
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