中国新聞社

偶発戦争の恐れなし(5)

'98/8/29

軍拡競争には参加せず

インド
シッダールタ・シン大使
 ―平和記念式典に参列された広島で「核兵器の廃絶を目指している」と発言しています。核実験は矛盾しませんか。

 全く矛盾していない。過去五十年、インドは国際政治の第一線で核廃絶の努力を続けてきた。一九五四年にネール首相が包括的核実験禁止条約(CTBT)を提唱して以来、十年ごとに廃絶につながる提案をしてきた。七四年の核実験後も二十四年間核兵器を製造しなかった。他国と違い、能力を開発しながらその力を利用しなかった。

 国民守るため実験

 ―それだけに今回の実験強行は残念です。

 われわれはヒロシマで何が起きたか知っている。議会は毎年八月六日にノーモア・ヒロシマ決議をし、犠牲者へ黙とうも欠かさない。だが、こうした思いを、核保有国が核兵器を持ち続けることを規定した核拡散防止条約(NPT)の無期限延長が、打ち砕いてしまった。近隣国で核が増える様子を目のあたりにし、国民の安全を守るため決断せざるを得なかった。

 ―実験にとどまらず核武装するということですか。

 インドは核保有国だ。しかし、わが国の核は抑止力、防衛のためで、他を攻撃するものではない。核軍拡競争に参加するつもりはない。

 ―カシミール紛争を抱える印パ両国の実験で偶発的な核戦争が起きる可能性が懸念されます。

 紛争があるのは事実だが、核戦争が起きる状況ではない。あまり知られていないが、印パ両国は原子力関係工場や核研究施設のリスト、国境周辺の情報を交換し、軍司令官の間にはホットラインもある。先日も首脳会談を開くなど、信頼醸成に努力しており、偶発的核戦争の可能性はない。

 CTBT効力なし

 ―核実験の停止宣言をされましたが、CTBTに署名しない理由は。

 今後、地下核実験を行う予定はない。署名しないのはCTBTが核廃絶につながらないからだ。核保有国は条約にある軍縮努力の義務を果たしていないし、臨界前実験という抜け道もある。

 ―核廃絶が目標ならば、率先して核兵器を廃棄しては。

 核兵器の先制不使用を宣言し、他の保有国にも賛同を呼び掛けている。皆が先制不使用を宣言すれば、廃棄と同じ意味を持つ。先日、ローマであった国際犯罪裁判所の設立討議で、わが国は核兵器使用を法律で禁止すべきと提案したが、多数の賛成を得られなかった。被爆国の日本は投票を棄権した。

 所有は国民が支持

 ―核政策への反対が七割という世論調査結果が出るなど、自国の世論も変化していると聞きます。

 さまざまな意見があるのは当然。が、七割の反対は核使用についてだろう。多くの国民は核能力を持つことは支持している。経済制裁で苦しんでも、自分たちの核以外は規制するいう保有国への国民の怒りを背景に実験を行ったのだから。

東京支社・岡畠鉄也
おわり

 <寸言>

自己矛盾 覆い隠す論理

 「インドは核保有国だ」と言い切ったその目は鋭さを増した。核保有国と対峙(じ)し、核廃絶を強く訴え続けた歴史の輝きが、その瞬間、失せたような気がした。「核抑止力」という化け物がばっこする国際政治の現実。「われわれは下手な魔法使いのように、解き方を知らず魔法をかけるはめに陥った」。原爆投下を聞いた英の劇作家バーナード・ショーの言葉である。その先見性を痛感せざるを得ない。



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