核武装 現時点は考えず(1)
'98/8/25
核保有国が信奉する核抑止力を、作家の辺見庸氏は今世紀最悪の「愚眛(ぐまい)の哲学」と呼んだ。その愚かさから人類はいつ解放されるのか。三十日から世界の軍縮専門家が東京に集う国際フォーラム「核不拡散・核軍縮に関する緊急行動会議」が始まる。インド、パキスタンの核実験を受けた核危機インタビューシリーズの第三部は、会議を前に、印パ両国、核兵器削減に踏み切った英国、核兵器と絶縁したカザフスタン、南アフリカの各駐日大使に、核危機への現状認識や核政策の今後を聞く。
対話促進へ制裁解除を
脅威を承知で実験
パキスタン
トキール・フセイン大使―原爆忌に広島を訪問した後も、自国の核実験への認識は変わりませんか。
平和祈念式では首相や広島市長のスピーチに感銘を受け、核兵器に対する日本の国民感情を学んだ。原爆資料館は核兵器の恐ろしさを証明していた。ただ理解してほしい。わが国は核の恐ろしさを知らずに核実験に踏み切ったのではない。インドの核実験で生じた危機、つまり核の脅威を知っているからこそ実験を行ったのだ。
―平岡敬広島市長が平和宣言で提唱した、核兵器不使用条約の締結をどう受け止めますか。
わが国の核だけを問題にするのでなく、核兵器を持つすべての国が同時に交渉を始め、地域の安定と安全保障の問題が考慮されるなら、条約に何も異存はない。
自国の防衛が目的
―核戦争への危機感が高まっています。核武装にまで進む可能性は。
わが国の核は他国に脅威を与えるものでなく、自国の防衛のみを目的にしている。実際、核実験は停止し、核保有国宣言も行っていない。核武装も現時点で考えていない。インドと違って包括的核実験禁止条約(CTBT)の理念にも賛同している。インドの対応がポイントだが、署名について心を開いている。
政府は抗議を静観
―経済制裁の影響もあって、当初は核実験を歓迎した国民世論も変化し、抗議行動も起きていますね。
国民は核実験を喜んだのでなく、インドの攻撃に対する恐怖心からの解放を喜んだのだ。自国をインドの攻撃から守る思いが世論の主流。制裁で打撃を被ったが、国民は生活を犠牲にする覚悟の上で、核武装能力を持つ選択をした。ただ、民主国家なのだから複数意見があるのは当然。抗議行動があっても政府は妨害しない。
―イスラム諸国などへの核拡散の不安もぬぐいきれません。
パキスタンの核は「イスラムの核」ではない。技術移転もしない。
―核保有五大国に望むことは。
膨大な核兵器を保有する国の責任はもちろん重いが、特定の国を非難するつもりはない。核軍縮は、国際社会の努力の結集で行われるべきだ。
―日本への注文は。
まず、経済制裁を解除してほしい。対話の機運を妨げるからだ。二つ目に、インドとのカシミール領有問題の調停を図ってもらいたい。日本の主導で核軍縮や核不拡散に向けた緊急行動会議が開かれることを歓迎している。印パ問題が主な議題になるだろうが、過去五十年存在してきた核についても討議されるべきだ。核を保有し続けている国の中には、日本と密接な関係にある国も含まれている。
(東京支社・高本孝)
<寸言> 眉間にくっきり 深い苦悶
別れ際、念押しするように「核実験は悩んだ末の選択だった」と語った時、眉間(みけん)に深い苦悶(もん)が刻まれた。インドの脅威を強調し、自国を守る核の正当性を終始訴えたインタビュー中の表情とは対照的だった。核実験を強行した五月まで、シャリフ首相の側近を務めている。間近に見た「選択」のプロセスと、今夏訪問したヒロシマの残像が一瞬、交錯したのかもしれない。
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