中国新聞社

人類は生きねばならぬ

貧困層調べず「支持9割」
被爆者 印パ行脚
'98/7/5
(3)数字の裏側

民家や商店が並ぶパキスタン・カラチの通り。モハマッドさん(右端)は、核実験よりも失業問題への不安を訴えた
 核実験を知らない市民も

 インド九一%、パキスタン九七%―。核実験直後の世論調査で、マスメディアが伝えた「国民の支持率」である。被爆者の武田靖彦さん(65)=広島市安芸区=の平和行脚取材の合間、この数字のなぞ解きに、街に出た。

 首都圏に九百四十万人余りの人間がひしめくインドの首都ニューデリー。自動車が止まる度、現金や物品を求める人たちが一斉に車を囲む。赤ちゃんを抱いた若い女性、目が落ちくぼみ、ほお骨が突き出たお年寄り…。絶え間ないクラクションが、暑さに拍車をかける。

 「核実験?知らないよ」。歩道に座り込んだ老女が、けげんそうに答えた。

 数字を掲載したタイムズ・オブ・インディア紙の本社は、航空、マスコミなどの会社が並ぶビジネス街の一画にある。

 鉄筋コンクリート四階建ての三階にある副編集長室。「多数を占める貧困層には聞いていない。どこまで正しいか分からない」。副編集長シッダールタ・バラダラジャンさん(33)はあっさりと調査の偏りを認める。

 世論調査は五月十一日の核実験再開の翌日、ニューデリーをはじめムンバイ、カルカッタなど八大都市の約千人を対象に電話で実施された。「大都市はもともと現政権支持率が高いし、電話を持つ人は裕福な層に限られるんだ」。

 政府が一九九一年に発表した識字率は五二%。半数近くの非識字者は貧困層と重なり合う。パキスタンではさらに低く、識字率は三五%(政府発表)。このなかには名前だけを書ける人も含まれ、実際は二〇%程度とも言われる。

 【ニューデリー中心部から車で四十分のネール大学】夏休み中で人影がまばらなキャンパスで大学自治会委員長の大学院生バッティラル・バイルワさん(28)は言い切った。「核実験よりも失業対策に金を使うべきだ」

 【パキスタン・カラチの民家前】若者や子どもたちと座り込んでいた車の修理工シェール・モハマッドさん(60)は首をすくめた。「核実験など興味がない。若者の仕事がない方が問題だ」

 【カラチ大学のキャンパス】芝生で話をしていた一年生の男子学生三人、女子学生一人がまくし立てた。「インドは敵。核を持たなければ攻められる」「核保有は自衛のため」「日本も核武装した方がいいよ」。

 街には、数字で一つにはくくれない多様な現実、意見があった。インド、パキスタン両国で市民各四十人ずつに聞いた。「あなたは核実験を支持しますか?」。「支持」はインドで二十一人(五三%)、パキスタンでは二十三人(五八%)だった。

 街での見聞を、武田さんにぶっつけた。武田さんはちょっと考え込んで言った。「貧困や教育を放置しながら、核実験をする政府の姿勢に憤りを覚える。インド、パキスタンの現実に厚い壁を感じるが、私は一人でも、二人でも多くの市民の意識を変えたい」



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