核廃絶へ国とヒロシマの役割

'98/8/7

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 ヒロシマが迎えた被爆五十三年の「原爆の日」、平岡敬・広島市 長は「平和宣言」で強く呼び掛けた。「ヒロシマは、国家を超えて 都市・市民の連帯の輪を広げ、そのネットワークによって国際政治 を動かし、核兵器のない世界を実現させたい」

 隣接するインドとパキスタンの突然の核実験によって、核拡散に 伴う新たな危機―核軍拡競争の懸念が現実になったからだ。両国と も「国家の論理」で核実験を強行した。

 原爆死没者慰霊式・平和祈念式に出席した両国の大使は、「核兵 器の被害が無差別的であることを、あらためて知った」「悲劇は今 も続いていることを深く認識した」としながらも、「核実験には理 由がある」と自国の立場を強調した。国家という枠にとらわれる限 り核兵器も開発の対象になることを、両国は世界に示した。

 地球的視野で都市、市民が連帯を、という平岡市長の呼び掛けは 目新しいものではない。広島市主導の世界平和連帯都市市長会議や 草の根運動の広がりなど徐々に成果も挙がってはいる。しかし、同 市長の呼び掛けがこの日、強い説得力を持ったのは、今日の事態が それほど核の拡散にさらされているからにほかならない。ましてや 両国民の大多数は、自国の核実験を歓呼したと伝えられる。今年の 「原爆の日」は、一層広範、多様で、強固な連携の実現に向けた新 たなスタートの日である。

 式典に初めて参列した小渕恵三首相は、「核兵器廃絶に重い責任 を痛感、核不拡散に強い決意を認識した」と語り、二つの取り組み に力を込めた。

 一つは、核保有の力を持ちながら保有していないブラジルやアル ゼンチン、いったん保有しながら放棄した南アフリカ共和国などと 連携して保有国に圧力をかけることである。だが、日本は米国の核 の傘のもとで自ら行動を縛ってきた。それをどう乗り超えるのか、 明確な道筋は示されなかった。

 もう一つは、わが国主導で核不拡散・核軍縮の提言をまとめる緊 急行動会議の開催である。メンバーは内外の有識者二十人程度。今 月三十、三十一日の東京を皮切りに四回開き、一回は広島を想定 しているという。どういうメンバーにするのか、核抑止論をはね返 せるのか、ここでも日本の主体性が問われる。

 首相は、小泉純一郎・前厚相の建設見直し発言で揺れた「原爆死 没者追悼平和祈念館」について、国の責任で計画を進めることを明 言した。予定通りであり当然だ。

 一方で、首相はこれまで被爆者行政にほとんど関係してこなかっ た。「被爆者代表から要望を聞く会」では度々言葉を濁した。ま た、核実験直後、被爆者がインドとパキスタンに出向いて原爆の悲 惨さを訴えたことには「初めて知った。感動した」と率直で、海外 原爆展を開くなど「国として被爆の実相を伝える努力をする」と約 束した。首相の草の根運動への共感は「平和宣言」の理念にも通じ る。その率直な思いを具体化させるためには指導力の発揮が不可欠 である。

 平岡市長は核兵器使用禁止条約の締結交渉を直ちに始めるよう訴 えた。政府はこれを重く受け止め、国連の場で提案するなど積極的 な姿勢を示してほしい。


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