政治腐敗を悲憤こう概/軍幹部


町の中心部のロータリーに立つ、1947年のマハラジャ (大王)からの独立を祝うバルチスタン記念塔。 町には失業者が目立つ
(スカルズー市)

 標高二千三百メートル余のスカルズー市にある将校宿舎。午前六時半、 将校の身の回りの世話をする兵士たちが、各部屋に熱い湯を運んで くれる。

 世話役の彼らは、だれもサンダルに素足。「寒くないですか」と 尋ねると、英語の少し分かる兵士が「パキスタン兵はタフだから」 と、靴下を二枚もはいたこちらの足元を見て笑った。

 朝食後、迎えのジープでこの地域を統括する「BRIGADE (旅団)62」の本部へ向かう。幹部の一人、フセインさん(35)=仮 名=は、あいさつもそこそこに「今朝のBBCのテレビニュースを 見たか」と問い掛けて来た。

 「見てませんが、何か…」

 「ファルーク・レガリ大統領がベナジル・ブット首相を解任し た、腐敗を理由に…。議会もむろん解散だ」

 えっ、と一瞬わが耳を疑った。大統領と首相は、地元の新聞やテ レビ報道を見る限り、いい関係にあるのでは、と思っていたからで ある。

 ただ、ムザファラバードでのブット首相の人気とは裏腹に、彼女 を批判する声はいたる所で耳にしていた。

 最近も右派のイスラム教徒政党が予算案に反対して全国からイス ラマバードに向け抗議デモをかけた。その時、首都に通じる道

路は すべて封鎖され、首都と周辺に催涙弾が飛び交ったばかり。  「これがパキスタンの民主主義だ。写真に撮って日本人によく知 らせて欲しい」「経済活動も民衆の生活も、すべてマヒ状態。小さ な政党のデモでこれなんだから…」。道路封鎖で立ち往生したドラ イバー、キャンセル電話を受けるホテルの従業員らは、ブット首相 を激しく非難したものだ。

 フセインさんは、そんな民衆の思いを代弁する政治家のように話 し続けた。

 「ここ数年、税金も物価も上がる一方。国民の八〇%は食べてゆ くのがやっとというぎりぎりの生活をしている。残りの二〇%が富 を牛耳っているのが実態だ」

 彼は公平な富の分配の必要を説いた。不安定な政治を嘆き、金で 票を買ったり、私腹を肥やす政治家が多すぎると悲憤こう慨する。

 パキスタンの男性には珍しく、口ひげもあごひげも生やしていな い。柔和な顔立ち。軍人がこんなに率直にものを言っていいのか、 と尋ねると「むろん、名前は出してもらっては困る。でも内容は書 いてもらって結構」と、ためらいはなかった。

 フセインさんは「われわれには日本人から学ぶべき多くのことが ある」と言った。その一つが基礎教育の充実。政府が公式に発表し ている識字率は三五%。しかしその中には、自分の名前だけサイン できるといった人たちまで含まれており、実態は二〇%にすぎな い、という。

 「教育普及の遅れには、軍事費負担が大き過ぎるという背景もあ るのでは…」

 「確かにそうだ。インドにとっても、パキスタンにとっても大き な負担だ。特に高い標高での戦闘は金がかかる。しかし、インドが 侵略を続ける限り、対抗するしかない」

 パキスタンが抱えるさまざまな問題点を指摘したフセインさん。 だが、彼の口からは最後まで軍事費削減などの言葉は出てこなかっ た。

 インド軍とのシアチン氷河周辺での戦闘を統括する前線司令部 は、スカルズーから東へ約百五十キロのデンサム村にあった。

 「五時間ぐらいは覚悟しておいて下さい」。フセインさんらに見 送られ、ジープで旅団本部を出発したのは、すでに正午を回ってい た。


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