標高6000メートル氷河挟み攻防/雲の上の戦場


イスラマバードからスカズルーへの飛行で山肌すれすれ に飛ぶパキスタン航空機
(バルチスタン地方)

 アザッド(自由)カシミールでの取材を終えイスラマバードに戻 った私は、十一月初旬、再びパキスタン軍の許可を得、インド軍と の戦闘が続くシアチン氷河を目指した。

 エベレストに次ぐ世界第二の高峰K2(八、六一一メートル)をはじ め、七―八千メートル級の山々が連なるジャムー・カシミール北部のカラ コラム山脈。その南東部に長さ七十二キロ、幅三キロの巨大なシアチン 氷河が横たわる。

 この氷河を挟み、一九八四年以来、インド、パキスタン軍が標高 五千二百―六千七百メートルで戦いを続ける。世界で最も高い「雲の上の 戦場」である。

 「なぜ戦闘が始まったかって?それはインド軍がわが国との停戦 合意を無視してパキスタン領内に侵入してきたからだ」。ラワルピ ンディにある軍広報本部を初めて訪ねた十月中旬、最高幹部の将軍 はこう言ったものだ。

 取材許可が下り、具体的な日程を詰めるため再び広報本部を訪ね た時のこと。現地との連絡役を命じられた若い将校は「行かない方 が賢明ですよ」と真面目に私に忠告した。

 「この時期はもう雪が降り始めている。天候によっては飛行機が 飛べなくて一週間、二週間身動きがつかないこともしばしば…」

 一瞬、決意がひるんだ。長く閉じ込められると、今後の取材にも 影響する。それに、高度約三千五百メートルのインド側のレーを訪ねた時 の苦しい体験が頭をかすめた。

 でも、人はなぜ信じられないような高度で戦いをするのか、現地 は一体どんな所なのか、どうしてもこの目と耳で確かめたかった。 「TAKE A CHANCE」である。いちかばちか、「連絡を お願いします」と頭を下げた。

 新しく入手した登山靴に皮の手袋、厚手の下着、ベテラン将校か ら借りた軍のジャンパーコート…。取りあえずの防寒対策をして、 バルチスタン地方の中心都市スカルズーへ向けイスラマバード空港 を飛び立った。

 十分余で雪を頂いた山々の上空へ。幸い、窓の外はまぶしいばか りの青さ。前方わずか右に高峰がそびえる。そのそばを頂上より低 い位置で通過すると、機は一段と高度を下げた。

 岩山が目前に迫って来る。右に左に翼を振り、その度に大きく方 向が変わる。四十五分のフライトのうち、最後の十五分は、山の斜 面すれすれのアクロバット飛行だ。

 将校の忠告通り、この難コースでは天候が少し崩れれば飛行機は 飛べない、と実感する。間違って翼が山肌に接触したら…。何度も きもを冷やす。が、二百人近い客を乗せた機は砂漠の飛行場に無事 着陸した。

 「ようこそ」。タラップを降りると、イスラムという名の将校ら 二人が迎えてくれた。近くの軍用機のそばには、百人余りの兵士が たむろしている。

 荷物を受けとり、ジープで近くの基地へ。入り口の高さ約五十センチ の白いコンクリート柱には「AN OFFENCE BATTAL ION(攻撃部隊)」「SHOOT TO KILL YOU( 殺すために撃つ)」の文字が刻まれている。何とも物騒なサインで はあった。

 三十分ほど基地内で待ち、イスラムさんが連れて来た二人の将校 とともにジープに乗り込む。

 「これからシアチンで任務に就く」という二人は、いずれも二十 四歳。「自然の厳しさは分かっている。でも、一度は国のためにシ アチンで働きたかった」

 十五キロ離れたスカルズーの町中にある将校宿舎へ向かいながら、 彼らは異口同音に決意を語った。


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