紛争解決に日本の力を/首相の期待


「ブラック・デー」の集会参加者に、カシミールの「解放」を誓うスルターン・ チョホドリー首相(中央)
(ムザファラバート市)

 ジェーラム川が支流と合流し、ムザファラバード市中心部から南 へと大きく蛇行するそばに、政府建物などアザッド(自由)カシミ ールの公的機関が集中する。

 朝の冷気を感じながら、スルターン・チョホドリー首相(42)にイ ンタビューするため、政府棟を訪ねた。執務室のある二階へ。銃を 構えた警官がものものしく警戒する。

 秘書の案内で執務室に入ると、幹部とのミーティングが続いてい た。壁に掲げられたパキスタン建国の父、モハメッド・アリ・ジン ナー初代総督の肖像とベナジル・ブット首相(当時)の写真。パキ スタンの新旧指導者が、広い執務室を見下ろしていた。

 チョホドリー首相は、ブット前首相が党首を務めるパキスタン人 民党(PPP)のアザッド・カシミール議長。昨夏の選挙で、四十 八議席中、人民党が四十議席を占め、議長の彼が首相に選ばれた。

 執務室の奥の応接室へ。しばらくすると首相が現れる。インドの 「カシミール支配」に反対して開かれた「ブラック・デー」(10月 27日)の最後に演説し「解放」を誓った彼。小柄な体に、エネルギ ーがあふれる。

 「広島、長崎の被爆を体験した日本人にぜひ、インド占領下のカ シミールで何が起きているかを伝えていただきたい」。開口一番、 彼は言った。

 過去七年間でカシミール解放のために五万人のイスラム教徒が殉 教し、何千人もが行方不明であること、暫定国境(支配ライン)で インド軍が発砲し侵入を企てていること、人権侵害が絶えないこと などを挙げる。

 「インドは原爆を持ち、パキスタンも製造能力がある。支配ライ ンでのインド軍の侵攻が拡大されれば、核戦争になりかねない」

 チョホドリー首相は、原爆による「ホロコースト(大量虐殺)」 を体験しその悲惨、苦しみを知る広島、長崎市民をはじめ日本人こ そ、印パ紛争解決に大きな役割を果たせる、と期待を寄せる。

 インド管理下のカシミールでも、被爆国日本への期待を耳にし た。米英訪問から帰国したばかりの首相は、具体的に日本のどこに 期待するのだろうか。

 「米英でも訴えてきたことだが…」と、身を乗り出しながら彼は 続けた。「インドとパキスタン両政府にカシミールの代表が加わっ て話し合いができるよう、インド政府に働き掛けをして欲しい。そ の上で、米英、そして日本の三国代表の監視の下、ジャムー・カシ ミールの将来を決める住民投票を実施したいのだ」

 「日本も加わってですか」

 「そう。日本は平和国家であり、経済大国だ。印パ両国に多くの 援助もしている。その資格は十分ある」

 国連決議に基づく住民投票を求めるチョホドリー首相。集会では カシミールの「解放」を誓った。率直に彼に尋ねた。

 ―首相の言う「解放」とは、武装ゲリラを支援することですか。
 「いや、そうではない。しかし、インド軍の残虐行為に抵抗して いるカシミール人を支持するのは当然だ」
 ―アザッド・カシミールはパキスタンと変わらないと見る人もい ますが…。
 「パキスタンの財政援助を受けないとやっていけないのは事実 だ。でも、われわれは独自の議会を持ち、独自の政策を行ってい る」
 ―でも、議会への立候補者は、パキスタン合併を認める誓約をし なければなりませんね。
 「それはそうだが…」
 ―住民投票で独立を求めたり、インド側に付くという結果が出た ら…。
 「むろん、従う。でも…」
 ―それはない、と。
 「……」

 チョホドリー首相は言葉を濁した。だが、その表情には「住民投 票をすれば、パキスタン合併という結果が出る」との自信がうかが えた。


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