「あそこに敵がいる」と、中央の山を棒で指すイジャ ズさん。暫定国境を挟み、戦闘が絶えない。 (チャコーティ町) |
「大砲や迫撃砲、機関銃での敵からの攻撃は日常茶飯事だ」
インドとの暫定国境(支配ライン)に接する、人口二万六千人の 最前線の町チャコーティ。その町はずれにある「ムジャヒディン大 隊」本部で、イジャズ指揮官(45)は高い声で言った。「最近は新た に、対空用の22ミリ砲を持ち込んで、市民に向け発砲している。この 本部も決して安全じゃない」
緑のベレー帽に、セーター風の茶色の軍服。サングラスにひげも じゃの顔。七百人近い部下を率いるその体は、いかにもがっしりと していた。
熱いチャイ(紅茶)を頂くと、イジャズさんは「敵のよく見える 所まで案内しよう」と本部建物を出、先に立った。
最近完成したという避難濠(ごう)のそばを抜け、石を積み上げ て造った人ひとり通れる小道を足早に上る。女たちが数人、周りの だんだん畑で農作業をしていた。
五十メートルも歩くと完全に息が切れる。さらにそこから数十メートル、よう やく頂上付近に達する。
「これから先は完全に敵の視界に入っている。撃って来た時は、 すぐ地面に身を伏せて…。OK、RUN(走って)!」
イジャズさんの声にはじかれるように、軍広報本部のザヒッド・ ムンターズさん(42)と私は、身をかがめ一目散に横へと走る。わず か二十メートルの距離が、遠くに感じられる。
「オーライ、ここならもう大丈夫」。高さ一・五メートルはある防壁を 設けた陣地にたどり着くと、こちらを安心させるようにイジャズさ んは言った。
「少々のことでは、このフェンスは壊れない」と胸を張った彼 は、短い棒を中央の山に向けた。「あの頂上に敵の大砲がある。距 離にして二・八キロ。ほかにも山のいたる所にバンカー(盛り土)が あって、敵はあらゆる武器を使っている」
インド軍が陣取る山頂は標高約二千七百メートル。山の間を縫ってジェ ーラム川が流れ、そこがこの辺りの暫定国境となる。パキスタン軍 もほぼ同じ高さに兵士を配置する。
「一番近い所では、百メートルの距離で、敵と対峙(じ)している。相 手が国境を越え、侵入してくるのを防止するためだ」
「その可能性はあるのですか?」
「いつだってあり得る」
イジャズさんと話しているうちに、乾いた砲撃の響きが山を震わ せた。続いて三回、四回…。思わず身を縮める。イジャズさんは、 若い兵士に命令し、無線で連絡を取らせる。
「山の向こうの斜面にいるわが軍の砲撃のようだ。インド軍の新 たな動きを察知したのだろう。その時は砲撃するよう命令を出して いる」。無線で確認した彼は言った。
しかし、それ以外の時はほとんど発砲することはない、という。 「国境から六キロほど向こうに、ウリーという人口数万人の町があ る。みんなわれわれと同じイスラム教徒。兄弟を狙うことはできな い」
イスラム教徒による、カシミール盆地での反インド武装ゲリラ闘 争が激しくなった九〇年代に入ると、インド軍はゲリラの侵入を防 ぐため、暫定国境沿いの道路を破壊し、地雷を埋めている、とも。
「敵は最近、国境そばの住民や、チャコーティの中心部まで攻撃 している。彼らの残虐行為は許せない」
イジャドさんのインド軍非難がひとしきり続いた。一時間後、再 び彼の後を走り、坂を下りた。しばらく鼓動がとまらなかった。