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原発事故20年 チェルノブイリに暮らす > 連載 > 帰国して
帰国して
「風化」する石棺 汚染と日常 奇怪な共存 ('06/5/9)

 帰国して一週間余り過ぎた。旧ソ連(現ウクライナ)のチェルノブイリ原発周辺の奇妙な風景が今も頭から離れない。

 ▽禁止区で釣り

 原発近くを流れるプリピャチ川。凍った川面に穴を開け、釣り糸を垂らす人を何人も見かけた。もちろん、半径三十キロ内の立ち入り禁止ゾーン内での捕獲は禁止されている。ゾーンを案内してくれたガイドは道すがら、いかに大きな魚が釣れるかを得々と話してくれた。「スープにすると、うまいんだ」。事もなげに言った。

 放射能汚染と、日常生活とが分け隔てなく存在する奇怪さ。ゾーン内にあった街には、商店やバー、教会、病院まであった。広島を旅立つまでは、想像もできなかった光景だ。

 放射能汚染の危機は去っていない。二十年前の爆発事故で原発から外部に放出された核燃料物質は、4号機にあった量の4%にすぎない。大量の「死の灰」は今も、4号機の中に眠っている。

 4号機を覆うコンクリート製の「石棺」。放射能を封じ込めるはずの施設は、突貫工事だったため、老朽化で崩壊の危機にひんしている。その対策として、石棺ごとすっぽり覆うアーチ形の「新石棺」が計画されているが、安全面や資金集めで難航する。計画通り二〇一〇年度に完成できるかどうかは不透明だ。

 さらに、順調に新石棺が完成したとしても、内部の放射性物質をどうやって除去するのか道筋は立っていない。ウクライナ非常事態省は「新石棺の耐用年数の百年の間に新しい技術が見いだされるのを待つしかない」と心もとない。処理方法が見つからなければ、延々と石棺を造り続けることになる。

 エネルギー資源に乏しいウクライナは、原発政策の推進を国是としている。欧米寄りに転じた現政権に対して、ロシアが昨年末、天然ガスの供給価格の大幅値上げを通告して、紛争にもなった。安定したエネルギー確保は、日本同様に重要な課題だ。

 首都キエフで開かれたチェルノブイリ事故の国際会議に合わせて、環境保護団体などが原発反対を訴えても、国民に原子力への強い反対意見が広がらないのは、そんな背景があるという。

 ▽「核」の危うさ

 「地球被曝(ひばく)」とも形容される史上最悪のチェルノブイリ事故は、世界中で反原発の大きなうねりを生み出した。欧州では、脱原発政策を打ち出す国が相次いだ。だが、惨事の記憶が風化に向かういま、原発推進の流れは世界で勢いを取り戻しつつある。

 事故を起こした4号機は、原子炉の格納容器がなく、低出力時に制御が難しくなるなど、構造的欠陥が指摘されている。日本では、同じような事故は考えられない、とも言われていた。

 しかし、一九九九年に起きた東海村臨界事故で「日本では絶対に事故は起きない」との安全神話は崩壊している。もはや、「専門家」の説明を無邪気に信じることはできなくなった。

 巨大な「核のごみ」を覆う石棺は、不気味な威容を通じて、豊かな生活を支える核エネルギーがはらむ危うさを警告している。(滝川裕樹、写真も)

【写真説明】キエフで開かれた国際会議の会場前で、原発反対を訴えてデモをする環境団体。ウクライナでは、国の原子力政策に反対する世論は高まっていないという(4月24日)


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