出発のうた

「何で生き残った」と問われ
級友たちへささげる鎮魂歌
 


 兄妹デュオ「本家熊野屋」の岡部寛さん(23)、舞子さん(18)が、
ためらう梶山雅子さん(72)を川べりにいざなった。
広島市中区、元安川の原爆ドーム対岸。
あの日、この川沿いのどこかで級友の消息は途絶えた。
揺れる川面を見つめながら、三人の会話が続く。



 -寛
 母方のおばあちゃんは被爆者。僕自身は被爆三世です。「音楽を通じて(原爆や平和について)考えんといけんことがあるかねえ」と言い出したのは、一年くらい前よね。

   寛さんは舞子さんと目を合わせ、うなずく。

 -寛
 僕らのなかでイメージしたのは「さとうきび畑」。

 -梶山
 森山良子さんの歌ね。

 沖縄戦での人々の叫びと悲しみを込めた反戦歌だ。

 -寛
 おばあちゃんは広島駅前で、一緒にいた友人とは別の方角に吹っ飛ばされたらしくて。その友だちは亡くなったと。(ただ、祖母はその体験を)僕らになんてとんでもない、母にすら最近話したくらいで。

 -梶山
 あの日のことは鮮烈に(記憶に)残ってるんですよね。お友だちみんな亡くして。想像してみてください。本当に一学年みんな死んじゃって。

 梶山さんは下中町(現・中区中町)にあった県立広島第一高等女学校(第一県女)一年生だった。原爆投下の一カ月前に虫垂炎の手術を受け、体調が回復しないまま、あの日は学校を休んだ。級友たち二百二十人余りは土橋(中区)付近の建物疎開作業に向かった。

 -梶山
 八月六日の月曜日、土橋の作業場に行く子は七時三十分までに(現地に)集合。洋服を着替えて(作業を)始めようというときが八時十五分。一人も生きられませんよね。先生ももちろん。私は休んで助かったんです。

 土橋付近は爆心地から約七百メートル。梶山さんは約一・六キロの金屋町(南区)の自宅にいた。窓を背に食事しようとしていた。

 -梶山
 後ろがパアッと光って振り返ったんですよね。外に干してあったお客さん用の黒い座布団が火の玉になってるんですよ。

 父母は早朝から、矢野町(安芸区)の親類方に疎開させる家財を運んでいた。全身にガラス片を浴びた梶山さんは、第一県女補習科生(五年生)だった姉に助けられたが、同居の叔母は家の下敷きになり亡くなった。姉と矢野町を目指し、荒神橋(南区)辺りに差し掛かると、おにぎりを配っていた。

 -梶山
 隣にいた女の子がね、「おにぎりちょうだい」って手を出すんです。指が十本あるの。あのう、片手にね。

 少女の指は、つめの付いた皮が垂れ、骨がむき出しになっていた。父母と合流した二人は自宅に引き返し、焼けたバケツに叔母の遺骨を拾う。その後、矢野に向かい約二カ月間、梶山さんと姉に発熱が続いた。

 -梶山
 三日目くらいからウジがわいて。かゆいんですね。母は私と姉を海へ連れて行って洗うんですよ。段々の雁木(がんぎ)のところで。海水消毒で塩水がよかったんですって。

 あの日、被爆死した同級生の話題に戻った。

 -梶山
 先生が見ても、誰が誰だか分からないんですって。それでも(級友たちは)涙いっぱいこぼしてね、ちゃんと正座するんだそうです。そんなふうに教えられていたんですよ、私たち。

 被爆当日に一年生の一部と出会った先生から聞かされた話だ。

 -梶山
 いくちゃんは元安川の雁木をフラフラ下りて、川べりにうずくまっていたと聞いてるんですけど。どこで死んだか分からなくて。

 いくちゃんは、仲良しだった副級長。発熱を押して建物疎開作業に出たことを後に知った。土橋辺りから本川を渡り、なぜ、元安川に向かったのかは分からない。

 -梶山
 (戦後に)被服廠(しょう)の倉庫が学校になって移ったときにね、二年、三年、四年、五年と並ぶでしょう。一年生はチョロチョロなんですよね。「お前たち、生き残りか」って言われたときにつらかったですね。

 被服廠は皆実町(南区)にあった。第一県女はその後、皆実高となって現在に至る。

 -梶山
 明くる年くらいから慰霊祭がありましたが、お母さんたちには、やっぱり会えなかったですね。何人か私みたいな病欠の生き残りがいるんですけど、明るいときには、県女碑にお参りしませんでしたね。

 県女碑は元の学校跡に立っている。「どうしてあんただけ生き残って」と、同級生の母親に両肩をつかまれた級友もいた。

 -梶山
 三十三回忌のとき、いくちゃんのお父さんとお母さんのところに飛んで行き「お墓はどこにあるんですか」って聞くと、「中本さん、どうして、どうして…」って言われたんです。

 「中本」は梶山さんの旧姓。「いくちゃん」の母は一年生に生き残りがいたことを、その時に初めて知ったらしい。いくちゃんの遺骨は見つかっていない。

 -梶山
 五十回忌ではね、お経が済んだころに気がついたら(いくちゃんの)お母さんが来てらしたんです。それで「中本さん、いくちゃんは死んだけどね。あなたは生きたんだから、代わりに長生きしてね」って言ってくださいまして。

 寛さんと舞子さんは黙ってうなずく。

 -梶山
 私には男の子がいます。私なら五十回忌になってもまだ怒っているかもしれません。子どもってね、本当にかわいいんですよね。若い人にもう、そんな時代は迎えてほしくない。

 -寛
 苦しい思いで死んでいった人の分も楽しんで生きてってください。

 -梶山
 優しいですね。

 -寛
 どれだけ(被爆体験を)聞いても、読んでも、なかなか想像つかないじゃないですか。「何であなたは生き残ったの」という会話とか。僕も平和の歌(の作詞作曲)を試みたことはあるんですけど、一作もない。学ぶことはできても体験はないから、何を作っていいか分からない。中途半端に(歌詞を)書いたら、失礼と思って。

 -梶山
 (被爆体験が)美しいメロディーに乗り、レクイエム(鎮魂歌)になる。それでみんなが歌い継ぐし、誰もが聞きたくなるんじゃないですかね。

 -寛
 「さとうきび畑」にしても、いろんな歌い手さんが、その人の感じたように表現できる。

 -梶山
 それぞれのポリシーが出て、(初めて)その人の歌になるのかもしれませんね。さっき聞いててね、そう思いましたよ。

 兄妹はギターを抱えてきていた。対談の合間に元安川べりで弾き、歌を披露した。

 -梶山
 以前、私の歌に作曲してくれた方がありましたの。(自分は)涙が出て(そのメロディーを)歌えないんですよ。ジーンとくる。心に入ってくる感じがするんですよ。

 同じく原爆を生き延びた同級生の夫が第一県女五十回忌のころ、何首かに曲をつけてくれた。

 -舞子
 実際に体験していないから、悲惨としかとらえられない。どこまでひどかったのかは想像することしかできない。でも、この中(梶山さんの歌集)からメロディーにして伝えることはできると思う。

 -梶山
 値打ちがあるかしら。

 -寛
 ぐっとくるフレーズが一つある曲って、いい曲じゃないですか。僕には書けないフレーズが一文でもあるっていうか。思いや傷跡を出せる作品が一番かなあって。あの時をくぐり抜けてきた梶山さんたちの歌を、歌っていきたい。



「歌は悲しみを流してくれる」。さまざまな思いが詰まる元安川べりで、寛さん(右)と舞子さん(中)の歌声に耳を傾ける梶山さん(撮影・荒木肇)





<梶山さんの作品>

帰らざりし娘の日記を抱きしめる母君と会う広島県女碑の前 あなたは生きていたのですか どうしても行くとあの子は逝ったのです 花ことば「希望」と教へてくれし友逝きてことしの夏桔梗咲く 郵便の箱の小さな暗みより今年もあの日を語れと便り来(く) 十三歳の友らの爆死を語る今日十三歳の修学旅行生に


 



 語り終えて

梶山さん
悲しみが流された

 級友が求め、うずくまって死んだ元安川に、被爆後初めて近づいた。川べりにたたずんだ。六十年前の記憶がよみがえってくるようで、ずっと視線を背け続けてきたのに。
 二人のひたむきさ、優しさが、背中を押してくれた。じっと川面を見つめていたら、ためていた悲しみが歌声とともに流れていくような気がした。生きているって、すてきだなと思った。
 私の作品を歌にしてほしい。原形にとらわれず、気の向くまま、感じたままに編曲してほしい。



 聞き終えて

寛さん
今ある人生を楽しんで

  想像を絶した。同級生を失った悲しみ、負い目を感じながら生きる梶山さんの言葉は、教科書で学んだ何よりも悲惨だった。
 忘れることはできないだろうけど、今ある人生を楽しんでほしい。せっかく生き残ることができたんだから。そんな歌を詠む日が来ることを祈ります。悲惨な歌が二度と作られないことを願い、僕も歌い続ける。


舞子さん
大事な友達を失い悲惨

  「悲惨だなあ」と感じることばかりだった。大事な友達や先生を失うつらさを、ただただ聞くことしかできなかった。聞く私がこんなにつらいのだから、話す梶山さんはもっとつらかったはず。
 その傷跡が残る元安川や平和記念公園を一緒に歩いて、少し切なくなった。戦争は二度と起きてはいけない。平和であってほしい。そんなふうに思った。



担当記者から

  川がはぐくむ曲楽しみ

 小学生のころ、初めて覚えた反戦の歌は「原爆を許すまじ」だった。修学旅行で広島に向かうバスで、みんなとわいわい歌った。原爆資料館を見学した後は、歌詞が怖くて歌えなくなった。
 元安川にも「死」を連想していた。しかし、1年前に川べりで「本家熊野屋」のライブに耳を澄ませたら、歌声に心は和み、目の前の川の流れが急にまぶしく映った。今回、梶山さんの気持ちも少し和らいだと後に聞いた。川で出会った3人からどんな曲が生まれるのか、楽しみだ。(桜井邦彦、門脇正樹


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