特別編集委員・ヒロシマ平和メディアセンター長 田城 明
世界のノーベル平和賞受賞者17人が連名で17日、被爆地広島の中国新聞を通じて各国の政治指導者や市民に、核兵器廃絶に向けて行動するように訴える「ノーベル平和賞受賞者ヒロシマ・ナガサキ宣言」を発表した。1年後の2010年5月に米ニューヨークの国連本部で開かれる核拡散防止条約(NPT)再検討会議の重要性を強く意識したもので、同会議が核廃絶への大きなステップとなるよう世界の反核世論を盛り上げる狙いがある。
コスタリカのオスカル・アリアス・サンチェス氏、東ティモールのジョゼ・ラモス・ホルタ氏の現役大統領のほか、韓国の金大中(キム・デジュン)氏、南アフリカのフレデリク・デクラーク氏の元大統領2人も名を連ねる。アフリカで植林運動を続け、「もったいない」という日本の言葉を世界に広めたケニアのワンガリ・マータイ氏も加わる。
ヒロシマ・ナガサキ宣言では「核兵器が非核国へ拡散する脅威」に深い憂慮を示すとともに、NPTで核兵器をなくす義務を負う核保有国の「薄弱な意志」にも懸念を表す。
これまで核戦争が起きなかったのは、「単なる歴史の幸運」ではないと指摘し、「第二のヒロシマ・ナガサキを回避する」ために訴えてきた被爆者らの取り組みを高く評価。その一方で、廃絶への道を歩まなければ「惨禍が繰り返される」と強い警告を発している。
最後に核兵器廃絶は可能であるとして「私たちは結束して、この構想を現実のものとしなければなりません」と結んでいる。
北アイルランドの平和運動家で1976年にノーベル平和賞を受賞したメイリード・マグアイア氏らがイニシアチブを取って草案を作成。団体を含まない存命する個人のノーベル平和賞受賞者30人を対象に賛同者を募った。
マグアイア氏は、昨年5月に日本の平和市民団体の招きで広島を訪問。その際、日英両語のウェブサイトで原爆・平和情報を発信する中国新聞ヒロシマ平和メディアセンターの存在を知った。今回、「ノーベル平和賞受賞者ヒロシマ・ナガサキ宣言」を世界へ発信する手だてに「原爆の惨禍を直接知る最もふさわしいメディア」として中国新聞を選んだ。
ノーベル平和賞受賞者
ヒロシマ・ナガサキ宣言
64年前に恐ろしい原子爆弾が日本に放たれ、世界は核兵器の破壊力を目の当たりにしました。
2010年春に国連で開催される核拡散防止条約 (NPT)再検討会議を1年後に控え、下記に署名する私たちノーベル平和賞受賞者は、バラク・オバマ米大統領の核兵器のない世界への呼び掛けに賛同し、全人類の利益のために、すべての国の指導者が固い決意をもってこの目標を追求することを訴えます。
私たちは核拡散という新たな時代を迎えています。すでに世界のほぼすべての国が批准し、1970年に発効した核軍縮を義務付けるNPTがあるにもかかわらず、この条約を履行し、私たちの世界から核兵器を廃絶するという前進はほとんどみられません。 それどころか核保有国が核兵器を威圧的に利用し続けることで、他の国々が核兵器の生産を求めるようになっています。
私たちは核兵器が非核国へ拡散する脅威を深く憂慮しています。同様に、これらの恐ろしい兵器をなくす義務を負っている、核保有国の薄弱な意志に対しても懸念を抱かざるを得ません。
人類がこれまで3度目の核兵器による悪夢を避けることができたのは、単なる歴史の幸運な気ま ぐれだけではありません。第二のヒロシマやナガサキを回避するために世界へ呼び掛け続けてきた被爆者たちの強い決意が、大惨事を防止することに確かに役立ってきたのです。さらに、平和を希求する被爆者たちを支持してきた何百万という人々がいることや、人類全体が核の使用を自制してきたという現実は、人間にはより健全で崇高な資質、 つまり暴力を排し生命を守ろうとする本能が備わっていることを示唆しています。
NPT再検討会議へと至るこれからの期間、この崇高な資質が私たちの取り組みの指針となるよう高まらなければなりません。各国政府は今、条約で定められた履行状況を再検討し、これから進むべき方針について計画を立てています。長い年月の中で初めて、核軍縮、廃絶に向けた現実的な前進の機会が訪れているのです。
こうした過程が広がっていけば、世界の指導者たちは、核兵器の不拡散か、核兵器で優位に立と うとする政策に固執するかの明確な選択を迫られることになります。私たちは拡散を食い止め、廃絶への道を歩むか、さもなければヒロシマ・ナガサキの惨禍が繰り返されるのを待つかのどちらかです。
人類にとって、アルバート・アインシュタインが1946年に発した次のような警告を聞き入れるべ き時期は、とうの昔にきていたと信じます。
「解き放たれた原子の力はすべてを変えてしまったが、唯一変わらないのはわれわれの考え方である。それゆえ、われわれは未曾有の破滅的状況へと流されていく。もし人類が生き残ろうとするならば、われわれはまったく新しい考え方を身につける必要がある」
私たちはそのような新しい考え方が可能であることを知っています。過去10年、各国政府は国際機関や非政府組織、生存者と連携して、地雷とク ラスター爆弾という2つの無差別兵器を禁止する条約を成立させました。世界がようやく、これらの兵器が人類に惨事をもたらすことを理解し始めたことにより禁止されたのです。
世界はすでに核兵器がとてつもない規模の惨禍を人類にもたらすことを知っています。無差別で、 不道徳で、違法な兵器です。広島・長崎への原爆投下と、その後の長期にわたる影響からも明白なように、核兵器は想像を絶する結果をもたらす軍事兵器です。
核兵器廃絶は可能です。いや、それ以上に、核兵器廃絶は、全人類にとってより安全な地球を築くために必要不可欠なものです。
ノーベル平和賞受賞者として私たちは、世界中の人々に、自国の指導者たちに強く働きかけることを呼び掛けます。核軍縮、廃絶に向けて行動しないことによる差し迫った危険を把握し、その前進のために政治的意志を喚起すべきであることを一。 核兵器のない世界を実現し、人類により大きな平和が訪れるように、私たちは結束して、この構想を現実のものとしなければなりません。
2009年5月18日
特別編集委員・ヒロシマ平和メディアセンター長 田城 明
ノーベル平和賞受賞者有志による「ヒロシマ・ナガサキ宣言」が生まれたのは、ふとしたことがきっかけだった。
昨年末、パリであった核兵器廃絶を目指す国際会議の取材に出かけた折、別の会議出席のためにパリを訪れていた北アイルランドのメイリード・マグアイアさんにホテルで会った。彼女は昨年5月、日本の憲法九条を世界に広めようとの趣旨で開かれた市民集会に招かれ、広島を訪問。その際、取材を通じて知り合った。
同僚が書いたマグアイアさんの記事とそのときに収録したビデオがヒロシマ平和メディアセンター(HPMC)のウェブサイトに掲載されていることもあり、彼女は帰国後も私たちの英文サイトを通じて、ヒロシマや核問題にかかわる情報を得ていた。
マグアイアさんとの話の中で、1つのアイデアが生まれた。ノーベル平和賞受賞者有志による「ヒロシマ・ナガサキ宣言」をHPMCのサイトを通じて世界に発信することである。「被爆体験があるヒロシマの新聞社だから余計に意味がある」とマグアイアさん。彼女が主導して宣言文の草案をつくったり、他のノーベル平和賞受賞者に呼び掛けをしてくれたりすることになった。
時期について彼女は、「2010年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の成果が、人類の未来に大きな影響を及ぼす」として、反核世論を高める弾みになればと1年前の5月を目標にした。
3月下旬までに宣言文がまとまった。マグアイアさんが個人受賞者(存命者は彼女を含め30人)を対象に電子メールで趣旨と宣言文を送り、賛同者を募った。中国新聞の被爆体験やHPMCの紹介も兼ねて、私たちからも要請し、賛同者からは写真や署名の送付を求めた。
ところが、働きかけを始めて間もない4月5日。バラク・オバマ米大統領が核政策に関するプラハ演説を行った。「核兵器のない世界の実現を訴える大統領への支持を盛り込もう」と、宣言文を修正。すでに賛同した人も含め、あらためて受賞者に「ヒロシマ・ナガサキ宣言」を再送した。
宣言の内容は読んでいただいた通りである。そこには、進まぬ核軍縮と表裏をなす核拡散、核テロへの強い懸念がにじむ。人類は「廃絶への道を歩むか、さもなければヒロシマ・ナガサキの惨禍が繰り返されるのを待つか」の岐路に立っているのだ。
そんな中、核兵器廃絶を訴え続けてきた被爆者らの取り組みや、地雷やクラスター爆弾の禁止条約を成立させてきた世界の国々と非政府組織(NGO)、市民の連携に大きな希望を見いだす。そして、一国ではなく「人類の安全保障」という立場に立って世界中の人々が結束すれば、「核兵器廃絶は可能」だと訴える。
紛争防止や和平の実現、人権擁護などのために目覚ましい貢献をしてきたノーベル平和賞受賞者たちは、人類のモラルと良心を体現した指導者でもあるだろう。
ビデオと文書で個人メッセージも寄せたマグアイアさんをはじめ、貧困や戦争のない未来を願うノーベル平和賞受賞たちの熱い思いが「ヒロシマ・ナガサキ宣言」から伝わってくる。
私たち被爆国日本の政治指導者も市民も、決意をあらたに核兵器廃絶と戦争なき世界の実現に向けて努力することが、彼らノーベル平和賞受賞者の呼び掛けに応える道であろう。
【写真説明】
平和記念公園内の原爆慰霊碑と原爆ドームは核時代に思いをはせるときの原点。17人のノーベル平和賞受賞者は、その原点から日本と世界の人々に核兵器廃絶を訴えた