中国新聞社

(8)治療始まる抗がん剤で髪が抜けた

2001/6/24

 治療方針としては、先に化学療法を四クールして手術。その後、化学療法を二クール追加する。私の場合、一クールは週一回の治療を三週間続ける。順調にいっても約半年掛かる長丁場である。

 抗がん剤はタキソールとパラプラチンの二剤を併用することになった。まず、点滴ボトルの名前を見る。確かに私の名前だ。腕の静脈に点滴注射で薬を入れるために、血管が浮きやすいところをたたいて、血管が膨れてくるのを待つ。

 針を刺す時、思わず「イターイ!」と声が出た。今まで、針を刺す側だった私だが、患者にとっては、こんなにも痛いものだったのだ。刺す側の若い医師も緊張しているのが分かる。

 顔をみて、胸がドキドキしてきた。今時のハンサムな顔立ちだ。しかし、そのときめきも長くは続かなかった。「どうぞ、一発でうまく入りますように」と祈りながら、歯をくいしばった。一方で「やせ我慢せず、痛い時は痛いと言え」という自分もいて、「イターイ」。これも若い医師の教育のためと、看護婦魂が顔をのぞかせ、つい口に出てしまう。刺される側としては、打ち直しも二〜三回が限界だ。

 一クールが終わると、副作用で髪の毛が枯れ葉のように落ちた。枕(まくら)にもたくさん付いてきて、なんとなく寂しい。外泊届を出し、三分の一になったヘアスタイルで、講演の仕事に出掛けた。

 どうにか格好はついたが、えらく寒々とした感じがする。歩いていると、すれ違う人の視線が気にかかる。「頭が薄くなった人たちは、いつもこんなふうに感じているのかな」と思った。

 日ごと髪の毛のことを気にするのは、面倒でもある。「いっそのこと、丸刈りにしたほうが…」と思い、鏡の前に立った。ひげそりで、ゾリゾリと剃(そ)っていった。みるみるうちに別人のような私が現れる。頭の格好もいいではないか。なんとなく神々しささえ漂っている。夫は「思わず手を合わせたくなるよ」と苦笑いした。

 病院に戻ると、看護婦さんが「ここまで剃る人はなかなかいないけど、どんな感じ? 触っていい?」と頭をさすり、「意外と柔らかいんだ」と、妙に感心している。  「髪はおんなの命」と言われて、気にする人も多い。しかし、必ずまた生えてくるのだ。

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