家の中で食事をし、眠り、学校へ通う毎日が当たり前だと思っていませんか。差別を受けることなく、教育を受け、健やかに育つのは子どもの権利です。しかし、世界には、治安が悪く安心して眠れない、学校に行けない子どもたちがたくさんいます。
インタビューの様子です。 |
ノーベル平和賞受賞者世界サミットのため広島を訪れたイランの人権活動家シリン・エバディさん、アムネスティ・インターナショナル事務総長のサリル・シェティさん、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)駐日代表のヨハン・セルスさんに、世界各地での子どもの人権の状況について、それぞれインタビューしました。
現場で活動している人たちの話は、具体的で説得力にあふれていました。言葉の一つ一つが力強く、自分たちにもできることがたくさんあることが分かりました。
身近なことから将来、実現させたいことまで六つの提案にまとめています。
イランの人権活動家 シリン・エバディさん |
世界中を飛び回る活動への思いを語るエバディさん(左)(撮影・高1田中壮卓) |
考えよう 内面見よう−気軽に相談できる仕組みを−
シリン・エバディさんは「鎖の強さはその環(わ)の一番弱いところを見れば分かる」ということわざに自分の信念を例えます。社会的地位が弱い子どもの人権を守るのが大人の義務、との思いのもと、子どもの人権確保に努めてきました。
イランでは、1979年の革命後、子どもの権利を侵害する法律が数多くできました。特に深刻なのは刑事責任を問われる年齢の引き下げです。男の子は15歳、女の子は9歳になると大人と同じ扱いを受けます。イランでは子どもの死刑も執行されているのです。男女差もあり、少年と少女が一緒に事故に遭うと、少年には少女の2倍の賠償金が支給されます。エバディさんは法律の改正が必要、と約30年も活動しているのです。
子どもの人権を守るには、まず、子どもたちに自分の人権について教えることです。子どもが気軽に相談できる施設やシステムも作ります。子どもの声に耳を傾け、尊重することが大切です。
日本で大きな問題になっているいじめ対策についても聞きました。エバディさんは「ものの価値を見極める必要がある」と言います。多くの若者は、ブランドの服や靴など外見に価値を見いだします。しかし、もっと人の内面や知識に目を向けるべきです。
イラン政府から圧力を受けながら世界中を飛び回り、人権を守る活動を続けているエバディさん。「刑務所で拘束されている同僚のためにも、活動するのが私の義務です」と語気を強めました。(高3・古川聖良、中2・木村友美)
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アムネスティ・インターナショナル事務総長 サリル・シェティさん |
ジュニアライターと握手するシェティさん(右) |
法なくして平和なし−若い人には世界を変える力−
「世界各地の多くの人権問題に、子どもたちが巻き込まれています」とサリル・シェティさんは指摘します。
18歳以下の子どもに死刑が執行されている国があります。子ども兵や児童労働、少女への暴行などが頻繁に起きている地域も少なくありません。ヨーロッパでは、少数民族ロマの子どもが一般の教育から分離されている例もあります。アムネスティは、死刑制度の廃止をはじめ、問題の解決に向けた活動をしています。
子どもの人権を守ることはあらゆる人の人権を守ることとつながっています。シェティさんは「平和と人権は表裏一体だ」と言います。人権侵害が起きた責任を明らかにするだけでなく、人権を守る法律がなければ平和は実現できないのです。
「若者は世界を変える力を持っている」と呼び掛けます。人権侵害を解決するには、まず自分で学び、他の人に伝えることが大切です。「変化は若い人たちから始まります。自ら行動してほしい」と強調します。
子どもの権利が侵害される姿を目の当たりにしてきたシェティさん。「これからも人権問題について責任を持って活動したい」と力強く話していました。(高3・古川聖良、中2・吉本芽生、中2・市村優佳、中2・寺西紗綾)
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国連難民高等弁務官事務所駐日代表 ヨハン・セルスさん |
難民キャンプの現状を説明するセルスさん(右から2人目、撮影・中2木村友美) |
「何かしたい」が大切−活動 お金がなくてもできる−
広島は原爆で多くの人が犠牲になり、食べ物や安全な場所を求めて近隣の町へ逃れました。これは難民が紛争から逃げる時と同じです。しかし、広島の人々は再び広島に戻り、人生を立て直そうとしました。その姿に世界各地の難民の姿を重ねるヨハン・セルスさんは「悲劇から立ち直った広島は難民の希望だ」と目を輝かせます。
難民キャンプでは子どもが教育を受ける機会が限られています。ほとんどは初等教育しか受けられません。高校は少なく、大学はありません。教員免許のない大人が教えることもあります。子どもの数が多く、授業数が確保できません。高校を卒業しても仕事を探すのも難しい状況です。
反政府組織に入って戦闘に加わるよう強制されることもあります。性的虐待やレイプされる少女もいます。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の職員がキャンプから離れる夜間に問題が起きてしまいます。
日本にはミャンマーやインドシナから来た約5000人の難民がいます。日本に定住しても、日本の文化を知り、言語を習うのは容易ではありません。不況で失業する人も増えています。
私たちの身の回りにも難民がいるかもしれません。セルスさんは、彼らの経験を聞くことで難民を身近に感じられるとアドバイスします。お金をかけずにできる活動もあります。衣料品店のユニクロでは、着終わった商品を店頭で集め、難民の子どもに届けています。「何かしたいという気持ちが大切」と強調します。
ベルギー国籍のセルスさん。両親は、第2次世界大戦初期にドイツ軍の侵攻でベルギーを追われました。帰郷した時には家の敷地はドイツ軍に取られていたそうです。難民を助けてよりよい世界を築き、両親に恩返ししたいとUNHCRに入りました。今の仕事にやりがいを感じているそうです。(高2・高田翔太郎、高1・西田千紗、高1・田中壮卓)
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子どもが平和に暮らすために
●子どもサミットを開こう
人権問題が深刻な発展途上国からも代表を招いて、子どもの人権とは何か、どのように守るのかをみんなで話し合います。それをまとめた提案を国連などの機関に発表したら、何かが変わるかもしれません。(高3・古川聖良)
●世界の子どもで手紙交換しよう
日々の悩みなどを手紙に書きます。手紙を集める機関をつくり、集まった手紙を今度は違う人に届けます。受け取った人は感想や意見を書いて送り返します。言語の壁はあるでしょう。しかし、見知らぬ人と悩みを分かち合うことで、独りじゃないと安心でき、心が軽くなるのではないでしょうか。他の国の人権についても深く考える機会になるかもしれません。(中2・木村友美)
●「人権学校」をつくろう
紛争国や地域の教育を変える必要があります。第三者の視点で、子どもたちが人権侵害や戦争について学ぶ学校をつくりたいです。人を傷つけることは愚かで、何の得にもなりません。そのことを教えます。教育を受けた子どもたちは、武器を持たず、明日に希望を持って生きていくことができるようになります。(中2・寺西紗綾)
●専門サイトを始めよう
人権問題について、子どもが理解できるインターネットのサイトを作ります。イラストや動画を使って、体験を分かりやすく伝えます。困っている子どもたちが専門家に気軽にメールで相談できる仕組みもあるといいです。(中2・吉本芽生)
●授業で取り上げよう
難民問題を学校の授業で取り上げます。発表会を開いて、自分たちに何ができるか、どのような支援を実際に受けているかなどを紹介します。関心が高まるとともに知識も増えます。自分の考えをみんなと共有できます。(高2・高田翔太郎)
●難民の子ども 日本で教育しよう
難民の子どもたちを日本に呼び、安心して教育を受けられるようにします。廃校になった校舎を整備して使います。学校では、英語や日本語などの語学のほか、平和や民主主義について学びます。将来、母国に戻った時、指導者になれるようにするのです。そのまま日本に住んでも生活できるようにします。費用は、平和への投資として政府開発援助の枠で日本政府が用意します。(高1・田中壮卓)
人権侵害に関する調査や政策提言をしている国際人権団体。1961年に設立された。英国ロンドンにある国際事務局を中心に、世界各地に調査団を送って人権侵害の被害者からの聞き取りをし、現地の非政府組織(NGO)や政府との話し合いをしている。世界の約80カ国に支部がある。77年にノーベル平和賞を受賞した。
戦争や内戦をはじめ、宗教や政治的な意見が違うことで迫害され、他国に逃れた人たち。どの国の市民権、国籍も認められない「無国籍者」もいる。国内に逃れた「国内避難民」も援助の対象になっている。
1950年に設立。本部はジュネーブにあり、世界約120カ国に事務所を持つ。対処している難民数は4300万人に上る。日本は8900万米ドル(2007年)を拠出し、米国に次いで世界2番目に多い。日本事務所では、国内にいる難民や支援を希望する人たちへの活動のほか、アジア太平洋地域の政府、NGO、国連職員を対象に、緊急時に対応するための研修をしている。54、81年にノーベル平和賞を受賞した。