みなさんのまわりでいじめは起きていませんか。あなた自身が被害者や加害者になっていませんか。
今回と次回は子どもたちにとって身近な暴力である、いじめ問題を取り上げます。いじめは年間10万件以上が確認されていますが、実際にはもっと多く起きているとみられます。
「まわりの子どもと少し違うことがある」など、きっかけはささいなことでも、招く結果は重大なものです。被害者には長年消えない心の傷が残ります。被害者が自ら命を絶ってしまうこともあります。
思いやりの心を持ち、互いの違い、個性を認め合うなど、いじめをなくすための方法は、平和な世界をつくるための手法と重なるのではないでしょうか。
今回は、いじめの現状やいじめの被害に遭った人の声を紹介します。ホームページ(HP)で自分がいじめられた体験を紹介している男性は、いじめをなくすためにも、生きてその事実を伝えることの大切さを語りました。
ともさんの体験談をつづったHP「こころおきば」 |
■伝えなければ 体験談サイトに思い | ||||||
いじめられた体験を載せ、子どもたちの相談に乗るHPがあります。「こころおきば」というHPで、中学生の時にいじめられた経験がある男性、ともさん(38)=神奈川県相模原市=が運営しています。 いじめに遭った中学1年生の時の体験を中心に載せています。いじめは容姿への悪口などから始まり、次第にエスカレートしていきます。机の上いっぱいにチョークの粉がまかれたり、机や壁に「死ね」と書かれたりしました。教室内で服を脱がされ、下着を投げられることもあったそうです。 「いじめに遭ったことで自信をなくしたり、他人との距離感が分からなくなった。それは年がたっても残っているような気がする」と傷の深さを説明します。 「こころおきば」は2001年に開設しました。ともさんが自分で見るために作りましたが、信頼できる人たちに見せるうちに、「ほかの人にも見てもらいたい」と考えるようになり、公開しました。いじめの経験を伝えるHPは少ないので、頑張って自分の経験を伝えてみようと思った、と言います。 けれど、過去の体験と向き合うことはつらかったそうです。「人に知られたくない部分を含め体験談をリアルに書くために自分の心をまひさせて書いた」と、ともさん。 HPの掲示板では子どもたちからの相談に答えています。陰口がきっかけで引きこもりになった中学3年生の男の子に対してともさんはまず、自分の経験をもとに共感します。そして「自分と本気で向き合い、苦しんだ分だけ人は成長するんだよ」と励ましています。 ともさんは、いじめられている子どもたちに「恥ずかしがらずに、いじめられている事実をとにかく誰かに生きて伝えて」と言います。また、周囲の人は、いじめられていることを話したくないという本人の気持ちを理解し、本人からの「助けて」サインを見逃さないようにしてほしい、と話しています。 (高2・楠生紫織) |
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■真相知りたい 残された父の闘い | ||||||
名古屋市の柴田祐美子さん=当時(14)=は中学3年生だった2003年、マンションで飛び降り自殺をしました。両親はいじめがあったとして、真相を知るために裁判を起こしています。 祐美子さんの残した遺書には、「(前略)肉体的にも、精神的にも疲れ果てたので、先に死なせてもらいます。最大の理由はA子(同級生の名)のこと。まだムカツクよ。(中略)先生方へ…これが自分なりの最大の『けじめ』です。どうかわかって下さい」と書かれていました。 父親の洋志さん(47)によると、祐美子さんは複数の同級生から「ウザい」「キモい」などと悪口を言われたり、トイレに先回りされ行けないようにされていたなどの嫌がらせを受けいていたということです。 祐美子さんが自殺した日、洋志さんは祐美子さんがいじめに遭っていたことを同級生から聞き、真相の究明を学校に要求しました。ところが、調査報告書は生徒への聞き取りが十分だとは思えないような内容だったそうです。両親は独自で同級生にアンケートし、いじめの実情の一部を知りました。謝罪はいっさいなかったそうです。 洋志さんは、「子どもは心配をかけたくないから親に話さず、問題を自分一人で抱え込んでしまう」と言います。そうなると、親はなかなか気付くことができません。だから、先生たちが普段からクラスの様子に気を配り、学校という集団の中でいじめについてしっかり話し合うことが必要だと言っています。 (中1・末本雄祐) |
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■アンケートより人間関係づくりを 広島大大学院栗原教授に聞く |
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いじめの現状について広島大大学院の栗原慎二教授(49)=学校教育学=に聞きました。文部科学省によると2007年度、日本では学校が把握しているだけで約10万1000件のいじめが確認されています。栗原先生は「もっと多くのいじめが起きているのは間違いない」と言います。 いじめとは「子どもが一定の人間関係がある者から心理的あるいは物理的攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じていること」(文部科学省)を言います。同じ学年の子ども同士によるいじめが全体の9割を占めるそうです。最もいじめが多いのは中学1年生です。 栗原先生は「誰もが加害者にも被害者にもなりうる」といいます。転校生や少しおしゃれをしているなど、ちょっと人と違うということでいじめの対象となることが多いそうです。 いじめには直接手を出す身体的攻撃と、言葉などによる心理的攻撃があります。男子は身体的、女子の場合は心理的なものが多いそうです。深刻な被害を受けた人は一生悩むこともあります。 子どもたちにも携帯電話が普及したため、ネット上でのいじめが増えています。「学校裏サイト」といわれるHPに悪口を書いたり、ひどい場合はいじめている映像を流したりしていますが、ネットなので加害者を特定することは難しいです。 いじめへの対策として、生徒にアンケートする学校が多いそうです。しかし、栗原先生は、いじめを防ぐためには子ども同士の人間関係が大切だと強調します。 「友達が友達をいじめる。そして、そのいじめを見て見ぬふりをするのも友達」と栗原先生。いじめは、教師がいない休み時間や放課後に起きます。いじめる子どもたちは、現場を教師に見つからないようにします。だから、子ども自身がいじめを止める気持ちになることが大事だそうです。 日本の子どもは、いじめを見たときに声を上げることが少ないそうです。小中学生を対象にした英国とオランダとの比較調査では、いじめを見て何らかの対処をする割合は、日本だけ学年が上がるごとに低くなります。他の2国は中学2、3年生からいじめに介入する人の割合が高まっていきます。 子ども同士の人間関係をつくる方法として栗原先生はピアサポートという取り組みを挙げます。 ピアサポートはカナダで1970年代後半に始まり、10年ぐらい前に日本に伝わりました。劇や疑似体験を通して、相手の気持ちを考え、思いやりを形に表すよう訓練します。 栗原先生は「1人では『やめろ』と言えなくても大人数でなら言える。友達を助けることができる子どもを育てることが重要だ」と話します。 (高2・室優志、中1・来山祥子) |
学校が公式に運営するHPとは別に、生徒たちが独自につくったHP。文部科学省は(1)特定の学校の生徒が対象の「特定学校型」(2)不特定多数が対象の「一般学校型」(3)掲示板で特定の話題を扱った「スレッド型」(4)少人数の仲間対象の「グループ・ホームページ型」―の四つに分類している。2008年の同省調査では、3万8260件の裏サイトを確認した。悪口だけでなく、わいせつな画像の投稿や書き込みがされることもある。
学校教育の中に自助活動を取り入れる試みで、ピア(仲間)同士によるサポート(援助)のこと。劇やゲーム、授業の支援などを通じて問題解決に当たる。社会性やコミュニケーション能力の向上により、いじめなどの未然防止にもつながるとして注目されている。